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015 生きていてよかった1-2
「ユーティ、支度は終わったかい?」
軽いノックと共に室内に入ってきたクロト様。
髪の周りに花があって華々しい。
室内の明るさが三段階ほど上がった。
「お兄さまこそ、まだ終わっていないじゃないですか……動いてしまってはフラワーエンジェルがかわいそうですわ」
フラワーエンジェルというのは使い魔の一種だ。
クロト様は自分が育てた花を自由に使役できる。
宴会芸程度の力のはずだが、植物がクロト様を愛しているからか花びらから手足が生えてクロト様のために働いている。
半年前から王都にいるクロト様とティア様だが、屋敷に対して従者や使用人の数が足りていない。
理由は分からないが、先日雇った人間の大規模な解雇があった。
仕事を覚える前に居なくなるので、残っている人間は大変だが俺は気にならない。
元々、庭師の息子として庭師になるはずだった俺だ。
クロト様が王都の屋敷で暮らすのだと聞いて、使用人としてついていきたいとティメオさんに頼み込んだ。
叶えていただけるとは思えない勝手な願いを当主も先代も快く受け入れてくださった。
父がプロセチア家の信頼を得ていたからこそだろう。
ほぼ見習い期間だった半年が実ったのか、クロト様からティア様付きを命じられた。
これほど名誉なことはない。
使用人というよりは、従者としての活動になる。
違いは、清掃などの家の仕事よりもティア様の命令を優先し、ティア様の気持ちに心を配るものだ。
使用人は屋敷を清潔に保ち、家主が快適に暮らすために心を配る。
今の俺はティア様が快適かどうかを優先する人間だ。
シーツの洗濯などは後回しにする。
「ユーティ、髪の毛よりも先におねしょの始末をボリスにお願いしないとね?」
「お、おおお、お兄さまぁぁぁ」
「うん、兄として……言っておくべきだと思ったんだ」
椅子から降りてベッドの前で飛び跳ねるティア様。
せっかくまとめた髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまう。
「おねしょは恥ずかしいことじゃない。大人でもストレスで出てしまうようだからね。……この部屋にトイレが併設していないのが問題かな? 夜中にボリスを起こして、というのは難しい相談かい」
「……むずかしい、です」
俺は夜中に叩き起こされても気にしないが、口をはさむタイミングではない。
基本的に主人の会話に従者は口をはさむべきではない。
求められるまで聞き耳を立てながらも会話に参加しないものだ。
ティメオさんから底辺の下働きなら見過ごされる不躾な振る舞いもティア様の従者では許されないと言い含められている。
ティア様に恥をかかせないためにも立ち振る舞いは徹底しなければならない。
それとなくうかがっているとクロト様と視線が合った。
思考が飛びかけるがなるべく冷静に「トイレが併設されている奥方様のお部屋を間借りしましょう」と提案する。
正解だったようで、クロト様はうなずかれた。
「お母様は娘が自分の部屋を使うことを咎めたりなさらない。ユーティがぐっすり眠れる方が重要だからね」
泣きたくなるほどに優しい声。
ティア様はぐしゃぐしゃになった髪の毛を更にかき回して「今日から出来るかしら」と口にした。
どれほどの葛藤があったのか分からないが、クロト様が正しいと判断されたのだろう。
「ティア様がミーデルガム家から招待されたお茶会に出席している間に済ませておきます」
本当なら従者である俺も付き従いたいところだが、ミーデルガム家は侯爵家。
同じ侯爵家でも、領地が広く派手な分あちらが格上な雰囲気がある。
俺が万が一でも粗相をしたら取り返しがつかないので留守番だ。
代わりに料理番のはずのアロイスがお二人についてくのが気に食わないが仕方がない。
アロイスの毒探知は見事としか言いようがなかった。
普通では見分けがつかない毒の実を見事に言い当てた。
本人はそんな力を持っていることすら知らなかったらしい。
傷んだものを弾きすぎると師匠に怒られていたと漏らしていた。
アロイスからすると傷んだものは毒物らしい。
毒ではなかったとしても、自分が食べるならともかく傷んだものをクロト様やティア様に提供するのはありえない。ゾッとする。ともかく会食の席でアロイスの力は便利なので連れていくのは賛成だ。
「ユーティの髪は俺がやろう」
「お兄さまじゃなくて、お花たちでしょう」
「同じことだよ。俺の願いをかなえてくれるかわいい子たちの行動は俺の功績だ」
大人びた笑みは美しい支配者のものだ。
手招かれたので近寄ると頭を撫でられた。
生きていてよかった。
クロト様が吐いた息を吸えるだけで幸せだと思っていたけれど、触れていただけるなんて幸福が過ぎる。
「やっぱりボリスの機嫌でこの子たちの活動領域に違いが出るね」
「ボリスは庭師の息子ですから、フラワーエンジェルを強化する力があるのでしょうか」
耳ではちゃんとクロト様とティア様の声を聞いているのだが、クロト様の指先が耳の裏をなでるので体が落ち着かなくなる。
不埒な気持ちなどなかったはずなのに下半身が痛い。
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