この世の者とは思えない愛らしい少年と醜悪な肉塊が親し気に言葉を光景は冒涜的だった。 　ユストゥス・ララス・ミーデルガムは時を待たずして、死ぬべきかもしれない。 　 　魔石の産地としてミーデルガムは有名だが、一番に有名なのは当主であるユストゥスの醜悪な体型だ。 　 　磁場狂いの国は魔法も魔術も呪術も恒常的に力を発揮できない性質上、肉体を鍛える。 　もちろん、貴族に筋肉は不要として、嗜み程度の訓練しかしないかもしれない。 　だが、上位階級であればあるだけ、年老いてなお引き締まった肉体美を持ち合わせている。 　ゆるんだ肉は堕落の象徴だ。 　ユストゥスの怠惰な身体は、悪徳にその身を沈めているようにしか思えない。 　 　見るのもおぞましい、触れるなんてもってのほか、そんな相手にこの世で一番うつくしい彼が触れた。 　 　心が清らかなる存在は、堕落した醜い肉塊にすらも慈悲をかけるらしい。 　醜き肉の出迎えを喜んで受け入れる姿は、この世界の優しさのすべてを集約したようだった。 　優しさも美しさも失われずに保管するために彼を永遠にしなければならない。 　そう思っていた気持ちが、砕け散る。 　 「訂正してもらおうか」 「なぜだ？　本当のことを言っただけだろ」 「いいや、推測に過ぎない。それも極めて無礼な」 「思ったことを言っただけだ。この言い方ならいいのか？」 「自分の考えたことが事実なら、真実でなくとも、何を言ってもいいと思っているの？　本気で？」 　 　美しい少年たちの言い合いを盗み聞く。 　先に到着された第一王子であるフォルクハルトへプロセチア家の馬車が門をくぐったと教えたのは俺だ。 　駆け出しそうになるところを気を取り直したようにゆっくりとした足取りで玄関へと向かった。 　少年の取り繕いを微笑ましく見送り、玄関が見える位置で観察した。 　 　接触の機会がないと思っていたので、俺はプロセチア家の人間の顔を知らない。 　今後のことを考えれば見ておくべきだ。 　そして、侮辱的でおぞましいものを見せられた。 　 　少年が美しければ美しいだけユストゥスの気持ち悪さが引き立った。 　卒倒しなかったのは、彼を救わなければならないという使命感があったからこそだ。 　不快でしかない肉塊を残酷な方法で処分しなければ、神に申し訳が立たない。 　 　彼は人ではない。 　神だ。神に間違いない。 　人の形をして、下界の生活をやってこられた神そのものに違いない。 　 　神への面会のために玄関へと移動すると少年たちの声が聞こえた。 　肉塊は神から離れて玄関で他の客の相手をしているのか、立ち続けるのが困難になり座り込んで休んでいるのか少年たちの近くにはいなかった。 　話の流れはわからないが、第一王子は肉塊が不快だと極々常識的で当たり前の見解を口にした。 　王から抱き着いておけば魔石がもらえるから抱き着いておけばいいといった発言をされたらしい。 　それもまた第一王子からすると不快感を助長している。 　自分の父である王への不信感が言葉の端々に見える。 　 　神は年功序列の精神なのか、目上の人間への不信をやわらかな言葉で咎められた。 　そして――第一王子は「あの見た目だ、汚いことをして私腹を肥やしているのだろう」と吐き捨てた。 　これは決定的なのか、神は美しい顔を凍り付かせた。 　 「人を想像で蔑むのが、そんなに楽しいのかな」 　 　神の怒りは、俺の怒りだ。 　だが、俺ごときでは神の真意を理解しえない。 　第一王子の印象の通り、不正に他国へ魔石を横流した部下や親戚を処刑して、その財産を奪っている。 　財産の一部は王家にも渡しているかもしれないが、汚いことをして私腹を肥やして醜く太っているのは間違いない。 　 「ユストゥスおじさまは、清廉潔白な人だよ。俺の知る限り誰よりも誠実だ」 「――それは父よりもか？」 「陛下は、立場上さまざまなことを気にされなければならない。俺の父も同じだ。おじさまは、腹芸などは側近や下の者に任せる」 　 　腹が出ているというのに自分で腹芸をしないらしい。見た通りに怠惰な肉だ。 　 「自分の手を汚してない者が上に立つ資格があるのか？」 「――――それを、どこで」 　 　怒りを瞬時に消し去り、神は戸惑いを滲ませる。 　どういうことだろう。 　 「どこなのかは、お前の方が知っているんだろ」 　 　第一王子、フォルクハルトの目には燃え盛る憎悪があった。 　それは俺にも覚えがある、裏切りに傷ついた人間の顔だ。