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023 男の子って面倒くさいよね1-2

 心のどこかでずっとオピオンのことは引っ掛かっていた。  悔やんで、引きずって、すこしだけ切なくなる。  哀れな彼に優しく接したかった。  本心からそう思えるに未遂であっても許せないものは許せなかった。  許さないといけないと思うことすら嫌だった。    この感情の出所は本当に俺なのだろうか。  ふとしたときに疑問がまたたく。    自分が正しかったと胸を張れないことをした。  だというのに自分の行動に胸を張って正しかったと言える。  二つの考えはどちらとも俺のものであり、けれど違和感もある。    倫理に反していても、道理と矛盾していても、合理的ではなくとも、ユースティティアを守りたかった。     「おにいさま?」      オピオンのほうへ歩く俺に対してユーティがどこに行くのかと声を上げる。  ユーティの角度では気づけないのかもしれない。  俺も居ると思って探らなければ見つけられなかった。  注目を集めようとしていない状態のオピオンの影は薄い。    慎重な俺に気づいたのかアロイスが警戒態勢をとる。    オピオンはまだ誰も殺していない。  殺意を向けるのは逆に危ないが、アロイスは無心だ。  いつでも対応できる体勢だが、敵意も殺気もない。  パンの生地は温度によって状態が変わりやすいという。  いつ成形するか、いつ焼くか、見極めるのが重要だと以前、聞いたことがある。  アロイスの強さに疑問があったが、俺よりもよっぽど冷静かもしれない。  武闘派な貴族がパンを作る趣味を持っていたりもするので、その逆があっても不思議じゃない。    そう思うと少し笑えた。  時間を戻してからまだ数日間だが、俺の意識の中で死んでしまった人々と出会い過ぎて気持ちが混乱してしまったのかもしれない。オピオンは俺の中で死のイメージの筆頭だ。冷静さを保てなくても仕方がない。    七歳だと思えば、十分に普通の範囲だ。  フォルクハルトと言い合ったことを忘れる。  覚えていても仕方がない。    オピオンは以前、俺を一目見て憎しみは消え失せたと言っていた。  本当だろうか。  あのオピオンは俺のために何でもすると言った。  事実、命も捧げて尽くしてくれた。  このオピオンはどうなのだろうか。    今後、オピオンが殺人を犯すのなら、誰を殺すのだとしても俺の監督不行き届きになる。  ここでオピオンと接触するということは、そういうことになる。   「司祭様、相談に乗っていただけますか? 助けてほしいのです」    自分の場所がバレていないと思っていたのか、視線が合うとオピオンは慌てた。  俺と目が合ったこと自体に焦ったのかもしれない。    待っているとすぐに柔和で人のよさそうな司祭の顔で名乗ってくれた。  性犯罪者にはとても見えない信心深いおだやかさに薄気味悪さを覚えない。  司祭の姿が演技だとしても嫌悪感はない。    自分の過去を語って俺に救いを求めてきたあの日のほうが、気持ちが悪かった。  寝台に寝かされた下着姿のユーティを思い出すと殺意に思考が絡めとられそうになる。  ユーティを傷つけるつもりであったくせに助かりたいという考えが受け付けられなかった。    脳裏にチラリとサエコがよぎる。  どうして、ここでサエコのことを思い出すのだろう。   「司祭様はこの地に長いのでしょうか」 「半年前からになります」    オピオンはミーデルガム家に雇われて、使用人たちや鉱山で働く労働者たちの話を聞く仕事をしているという。  司祭としてよくある活動だ。  神の話をするのではなく、人の話を聞いて、慰めを与える。  相談役という言い方で愚痴や不満の情報収集とガス抜き役になる。    多くは女性が肉体関係込みで行うことだが、オピオンは人の心をいじる力を持っている。  我が国の磁場狂いの影響で年々、力は弱くなっているようだが、現在はとても実用的な力だ。  本人に自覚がないのなら、このまま自覚させないほうがいい。   「助け、とは?」    話は終わっていないとフォルクハルトが叫んでいるが聞いていられない。  フォルクハルトの言動に気になる部分もあるが、答えて欲しいことは何も話せないだろう。   「第二王子のカールハインツ様の居場所を知りたいのです」 「ヴィータのところだ。あいつと婚約することになったからな」    なぜか、フォルクハルトが教えてくれた。  以前からそうだが、どうして聞いても話さないくせに聞いていないときは口を開くのだろう。  無視すると殊更近づいてくる意味も分からない。    陛下に相談したら「男の子って面倒くさいよね」と返された。  俺の質問は面倒だったのかと衝撃を受けて、それ以上は何も言えなかった。  面倒がられても聞いておけば良かったかもしれない。    なぜか、フォルクハルトが俺の手を引っ張っている。  振り払うのは先程までの会話を含めてさすがに無礼すぎる。   「カールに会いたいんだろ。行くぞ」 「……手を放してもらえますか?」 「断る」    なぜか、フォルクハルトは俺を見て笑っている。  性格がよくないのは知っていたが、これは嫌がらせが過ぎる。  カールに会うのはもちろんだが、フォルクハルトと一緒なのは困る。  話すことも話せなくなってしまう。    それにオピオンをこのまま放置するのは、俺の精神衛生上よくない。   「司祭様に内密なお話が」 「ないだろ」    なくもない。  七歳のフォルクハルトはこんなに人の話を聞かない子供だっただろうか。   「お兄さま! わたくし、司祭様とお話ししておりますわ」    賢いユーティは俺がオピオンを気にしていると考えて、自分が見張ると名乗り出てくれた。  ユーティの気遣いに胸が痛くなる日が来るとは思わなかった。  

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