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025 あなたを助けに来ました

 従者でもないのに俺たちの言い争いを傍観して、仲裁をしない司祭。  オピオンらしいが、司祭らしくはない。  もう、司祭として振る舞う気がないのだろうか。  視線は俺から動いていない。  異様だが、ユーティもアロイスもフォルクも疑問に思っている素振りはなかった。  印象を操作したのだろうか。  オピオンは俺以外に力をふるうことにためらいがない。     「司祭様、いいえ…………オピオン。あなたを助けに来ました」      俺よりも十歳年上の十七歳のオピオン。  司祭として人々の相談役になるには、まだ若すぎる。  数年で消える力を好きでもない宗教のために使う哀れな男だ。  オピオンが十七歳だと思うと親近感が湧く。  肩に入った力が抜ける。   「助けに、なんて――おかしいですね。あなたこそが、人を助ける司祭という立場なのに」 「いえ、俺……、わたしは」 「俺でいいのです。崩している言葉のほうが、親しみが持てますからね」 「はい、あなた様は天上からやってきた救いの主なのでしょうか」 「いいえ。人間です。だからあなたの力が必要なのですよ、オピオン」    崩している言葉がいいと言いながら、口調をフォルクのような軽いものにする予定はない。  俺が一人称として「俺」を使うのは意外と評判がいい。  丁寧な中に混じる雑さ。   「俺は神ではない。けれど、あなたの気持ちに寄り添って救いたいと思っています。神はあなたを救いません。神に救われたがっている人間はあなただけではありません。だからこそ、神ではない俺が人間としてあなたを救いに来たのです」    普通に考えればどうして俺がオピオンを知っているのかという疑問が出てくるはずだが、問題ない。オピオンは俺が人間だと偽っている神だと思い込んでいる。以前は、生返事の適当な相槌しかしなかった。    オピオンの能力の発現は、俺に似ているらしい少年の壁画の前で祈りをささげたからだと言っていた。  他国から送り込まれた使者で敵意を持つ人間から先に能力を失っていくという都市伝説がある。  残念ながら検証は出来ていない。  敵意があってもなくても、才能殺しの土地は容赦がない。  オピオンのような規格外でもなければ、数日で無能力者に成り果てる。    例外は俺をはじめとした草木を操るささやかな力を持った人々だ。  このことは、あまり知られていない。  誰も重要視しない力とも言えない力だからだ。    俺の草木を操る力は磁場狂いの影響を受けていない。  理由はもちろん知っているが、この世界で父には説明していない。  話をするのなら、陛下が先になるだろう。   「オピオン、あなたは自分のするべきことが分かりますか?」 「醜悪な肉塊を速やかに破壊します」 「違います」    肉塊はもしかしなくともユスおじさまのことだろうか。  どうしてそうなったのだろう。  少年を買っているのがオピオンの禁忌に触れてしまったのだろうか。    おじさまが社会的に糾弾され、じわじわと弱っていったのは、父親への復讐の代替品ということなのだろうか。  父親への復讐と姉への復讐としてはそれぞれ他人で晴らしていた。  狂人の考えを理解する必要はない。    使えるかどうかを見るべきだ。   「彼はあなたの父親ではありません」 「ですが、美しいものの隣に醜いものはあってはいけません」 「あなたは自分が美しいと思いますか? あなたは俺の近くにはいてはくれないのですか? 他人の醜さを認めることで、あなたの醜さも許されるのです」    詭弁ではあるが、自分が父親によって汚されたという過去に苦しんでいるオピオンには響いたようだ。  うずくまって泣き出した。  使用人たちは誰もオピオンを見ない。  俺以外に見えないように操作されている。    ユーティが、オピオンに気づかなかったのも角度の問題ではなく力によるものだ。  ここまで強力だと思わなかった。  強ければ強いほど、磁場狂いの影響ですぐに力は消えてしまう。    我が国にいなければ、この力で最高の教祖として世界の八割を手に入れられるだろう。   「あなたの醜さを俺に預けてください」 「みにくさを預ける?」 「心の中にある衝動。過去に囚われている考え方。共に歩む未来のためには、それを俺に預けてください。必要になったなら取りに来てください。それまで、思い出してはいけません」    簡単な誘導と暗示だが、オピオンには効果があるだろう。  自分が受けた性的虐待の記憶を封じてしまえば、人に危害を加えようという発想が消えるはずだ。    心の中にある衝動。過去に囚われている考え方。オピオンに言っておいて何だが、俺の中にもこの二つはある。  

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