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027 中身が違います
オピオンの薄紫色をした髪が揺れる。
そこまでありふれた色ではないことをオピオンは恥じているようだったが、俺と似ていると言えば無邪気に喜んだ。
光の加減によっては、白に近くなるほどの薄紫色。
以前、俺が出会った二十過ぎのオピオンは、ここまで色素が薄くなかった。
これから徐々に紫色が濃くなっていくのだろうか。
それとも、俺との生活で違った髪の色になるのかもしれない。
俺の知るオピオンとは遠くなればいいと勝手なことを思う。
オピオンを味方あつかいしていいのかという俺の中での問いかけに明確な答えが出た。
俺の意に沿わないことをしたら、オピオンは死ぬ。
そういった呪術をオピオンが自身にかけた。
オピオンにとって、それが忠誠だ。
自分が差し出せるものなら何でも俺に差し出す。
以前から変わらないオピオンのありかた。
本来なら磁場狂いの影響で呪術は発動しない。
年々効力は落ちていくものの、オピオンの呪術は間違いなくオピオンを縛っている。
限定的な内容とはいえ呪術の成功は、我が国にとって公にしたくはない事実だ。
何かのバランスが崩れた時に呪術師たちが人間兵器として突撃してくるかもしれない。
現在の平和は、さまざまな約束事と妥協と打算の上にある。
魔法や魔術や呪術が無効になる土地という建前で、血の気の多い人間を封じている部分がある。
この前提が崩れてしまうと何かの拍子で戦争がはじまりかねない。
オピオンはありとあらゆる分野で、並外れた力を発揮する。
すべてにおいて規格外だ。
だが、本人にその自覚はない。
どんな性癖を持っていたとしても、味方として手元に置くべき人間だ。
手綱を握っていなければならない。
放置するぐらいなら死んでもらわなければ不確定要素になりすぎる。
「第二王子は、こちらの部屋に」
ヴィータの部屋に来るのは初めてではない。
オピオンが完全に俺のものだと確証を得るために二人っきりになる必要があった。
カールとヴィータの婚約に関しては、ついでではないが、どのタイミングだとしても妨害できる。
重要度はオピオンのほうが上だ。
そういった考えだから、こんなことになったのかもしれない。
ノックをして返事がないので、勝手に入らせてもらったヴィータの部屋にヴィータは居なかった。
代わりに縛られたカールがいる。
これでヴィータがカールの上にのしかかっていたのなら、大胆だと思うところだがヴィータは居ない。
カールの拘束を外すオピオンを横目に見ながら、窓に近づく。
開け放たれた窓には足跡がべったりとくっついている。
外を見ると濡れた地面が見える。
朝露の演出のために屋上から水を撒いて、ヴィータの部屋の外の地面もぬかるんだらしい。
足跡は一つ分なので、ヴィータが誘拐されたのなら抱きかかえられたのだろう。
「カール、ヴィータ嬢は?」
「……さらわれました」
「本当は?」
視線を泳がせる彼と目を合わせるようにしながら近づくと、なぜか目をつぶって頭突きをされた。
そんなにカールに嫌われていたのだろうか。
驚いていると「そんなつもりではなくて」とカールは涙目で口ごもる。
年下をいじめているようで落ち着かない。
慰めるべきか悩んでいるとオピオンに「失礼します」と断って抱き上げられた。
危険だと判断したのか、オピオンはそのままカールと距離をとる。
以前の人畜無害なお人よしな雰囲気は薄いとはいえ、俺に危害を加えるようには見えない。
カールに対してマイナスの印象をほとんど持っていないが、オピオンは警戒しているようだ。
「あなたは、その服は……司祭ですよね? どうして、クロトを?」
戸惑った五歳児にオピオンの危機感は跳ね上がった。
どうしてなのかは分からない。
分かっていない俺に気づいたのか「あるじ、これは中身が違います」と端的に理由を教えてくれた。
人の心をいじくれるオピオンだからこそ分かることがあるのだろう。
中身の違い。具体的なことは分からないが「主従の契約を交わしたので、司祭である前にオピオンは俺のものになった」とカールの質問に返事をする。
「どうして、そんなことに?」
「俺がオピオンを欲しいと思ったからだ」
「仕えるものは誰でも使う……そう、陛下に教えられたから?」
「オピオンを求めたのは俺の意思だ」
俺と陛下は庭園で出会っただけで、深い話し合いなど出来ていない。
陛下から教えられたと言うのは不自然すぎる。
そして、この言葉は嘘ではない。
「あるじ、この少年はおかしい。彼はここに居ません」
「……なるほど。オピオン、おろしてくれ」
オピオンからすると目の前の少年はすでに第二王子ではなく、カールハインツに見える何者か。
警戒するのは当然だが、俺にはこの状況の理由が分かっている。
目の前に居るのにオピオンに感知できない。
それはとても簡単な話だ。
この国がどういう場所かという話になる。
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「仕えるものは誰でも使う」は以前に似た言い回しがありましたが、誤字というわけではなく、
【自分の下につく気持ちがある人間(自分を主人と見て奉仕する人間=仕えるもの)は切り捨てずに雇用する(使う)】というのが陛下の考えの基本で、
陛下がクロトに格好つけた言い回しで教え込んでいるというネタです。
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