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029 俺と結婚しよう?1-1

「イラプセル?」  呼びかけて少し待つが、戸惑ったカールが目の間にいるだけだ。  膠着状態になった。  フォルクの中にいたイラプセルは正体を看破するとベラベラとうるさく話し始めたものだが、今はその様子がない。イラプセルがカールを操っているわけではないとすると話が変わってくる。    沈黙の中、開けられたままの窓から風が入り込む。  外からの優しい香りが室内に届く。    ミーデルガム家の花々は、今日も爽やかな中に甘さのある絶妙な香りをさせている。  俺のためだけにユスおじさまが香水を作ってくれたことを思い出す。  裏で進行している不穏な火種を知らないで、平和と思い込んでいた幼い日々。  今回はまず間違いなく、あんなことにはならない。   「……オピオン、大丈夫だ」    オピオンの制止をなだめつつ、目の前の相手に近づく。  妖精王であるイラプセルでも、第二王子のカールでも俺を攻撃する意味はない。  頭を撫でて、頬を両手で包み込む。  照れているのかカールは顔を真っ赤にした。  第二王子に対して不躾ではあるが、抱きしめてみる。   「……カールの拘束を解いたとき」  オピオンはすぐに「今日、一目見た第二王子でしたね」と返してくれる。  何もかもを説明せずに済む相手は、助かる。   「オピオン、ちょっと」    カールを抱きしめたまま、オピオンを手招き、その手を取る。  俺とオピオンは問題なく触れあえている。  オピオンの手を取り、カールの頭に置く。  これも問題ない。  俺がオピオンとカールから距離をとるとオピオンの手はカールの体を通過する。  オピオンの手が通過したように見えただけで、もちろんカールは何の影響も受けていない。  気持ち悪そうに表情を歪めてオピニオンが俺の隣に下がった。   「困ったな。これは――カールの意識を保ったままイラプセルが居る。いいや、残滓か?」 「クロト? どういうこと? 俺は、何かおかしい?」 「カールが自主的にそこにいるならいいのだが……自分が普通の世界に居ないと理解できるかい」    オピオンを警戒して妖精の国に自主的に避難したなら優秀というだけで済む。  心をいじる力を王族が警戒するのは当たり前だ。  拘束を解いたときはカールはその場にいた。  オピオンが触れられたのだから、妖精の国に行ったのはオピオンが警戒する直前だ。    俺に頭突きをする前にオピオンがカールに向けて力を使ったのかもしれない。  俺の質問に答えたくなるようにカールの心を操作しようとした。  すこし心に働きかけるぐらいなら、自分の心であっても気づけない。   「ねえ、クロト。俺がおかしい? その司祭がおかしい?」 「……その目はイラプセルか? カールと呼べないな」    カールの目の色は金眼だが、雰囲気が違う。  この執着に染まった瞳はイラプセルのものだ。  妖精の国は時間の外側にあると言っていた。  イラプセルが時間を戻す前の記憶で行動を起こす可能性はあったが、どうしてカールなのだろう。  次期国王はカールだと妖精王は考えているのだろうか。  

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