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029 俺と結婚しよう?1-2

  「混じり合っている自覚がないなら放っておきたいところだが、ヴィータ嬢の誘拐を放置できない」 「興味ないくせに」 「自作自演なのだから、放っておきたくもなる」  俺の言葉に人を食ったような笑いをする。  温厚でお人好しの空気をまとっていたカールらしさがない。   「クロトは兄上と結婚したい? したくない?」 「できないだろう」 「気持ちの話だよ。兄上と結婚したくないならそう言って。このままだと婚約することになるよ?」 「……それはない」    俺たちのやりとりをこっそりと覗き見していた妖精でもいるのかもしれない。  妖精たちは妖精王であるイラプセルの言いなりだ。  植物を大切にしていたり、王家の血が流れている人間にも友好的だ。   「誰の気持ちも見えていないね。兄上の執着も、俺の思いも、父上の感情も」 「そこで、どうして陛下が出てくるんだ」 「そういうことを本気で言うから、イラプセルに殺してやりたいって言われ――うん? なんだろう、知らないことを知っている?」    きょとんとした顔のカールが周りを見渡して首をかしげる。   「あれ? なんだろう。いま、よくわからないことを言っていた?」 「イラプセルの影響だろう」 「そうなんだ? 父上に聞けばいいのかな」 「解決するかは分からないが、陛下に相談しておいたほうがいいね」    フォルクがイラプセルの依り代となった際、完全にイラプセルの人格だった。  この国の王の妻は自分の妻でもあると適当なことを言っていた。  俺がフォルクハルトと婚約しなければ、妖精王の興味を引くことにはならないと思っていた。  カールの様子を見ると事態は単純ではない。   「フォルクに婚約者になるように言われたけれど、俺にその意思はないよ」 「クロト、それは意味がないから? 兄上に価値がないから、必要としないのかな」    五歳ではなく、十五歳のカールと向き合っている気がする。  頼りない幼さが瞳から消えている。  イラプセルではなく、カールではあるが、五歳児とは思えない顔立ちだ。   「婚約には確かに意味がないね。ヴィータ嬢はカールではなくフォルクがお好みのようだ」 「うん、兄上との婚約のために仕掛けるみたい。無駄なのにね」    微笑みの中にピリッと毒があるカールの言い回しに肩から力が抜ける。  妖精王には話が通じないが、カールとはちゃんと話し合える。   「兄上が冷静だったら、クロトは出し抜かれてしまうよ?」 「それは喜ばしいことだ」 「負けたとか、気に食わないとか、そう思えないものね。クロトは兄上の成長を歓迎してしまう」  第一王子であるフォルクハルトの成長を喜ばない国民がいるのだろうか。  操りやすい王族がいいと考える貴族は国の寿命を縮めることになる。  自分にとって都合のいい相手は王族ではなく伴侶にしておくべきだ。   「クロト、俺と結婚しよう? まだヴィータとの婚約は発表していない。なら、今日の席は俺とクロトの婚約発表の場にすればいい。兄上の思う通りに進むべきではないだろう?」    カールの良い笑顔はイラプセルと重ならないのだが、やり口が似ている気がしてならない。    誘いを断ったら「国を上書きするぞ」という言葉をイラプセルは言い放つ。  大変めんどうな相手だった。    不可視の存在である妖精の国が現出すれば、重なり合っている我が国を塗り潰すことになる。  当然、国民は死ぬ。  おとぎ話は現実になってはいけない。  幻想は幻想のままでいい。    第二王子、カールハインツが温厚な性格で、貧乏くじを引きがちなお人好しというのも幻想だったのかもしれない。  

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