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031 妖精の関与1-2
ともかく、イラプセルは俺の中で非常識の代名詞になっていた。
そんなイラプセルとカールの共存なのか、同化なのか、よくわからない状態は困る。
カールがイラプセル風味になっていることは、大きな問題ではない。
第二王子が妖精の国に誘拐されて帰ってこないとなったら大事件だが、そういったことにはならないだろう。
無意識だとしても俺が触れられるということは、俺の手が届かない範囲にカールは移動しないはずだ。
「ユースティティアに遠慮している? 彼女は俺のことを、べつに好きではないよ」
戸惑っている俺の背中を押すような話術は五歳児のものではない。
フォルクのように以前の記憶があるようには見えないが、カールには別の情報源があるのかもしれない。
妖精の気配がないので、断定はできないが、ほぼ間違いなく妖精の仕業だ。
これが他国なら、魔法や魔術を駆使して、盗み聞きをしていたと想像するところだが、我が国ではありえない。
オピオンのような例外がそこら中に居てもらっては困る。
諜報活動に使えるマジックアイテムを五歳のカールが持っているとは思えない。
状況から見て、妖精の関与が一番納得がいく。
「彼女は彼女なりにクロトに迷惑をかけないようにした……それだけだよ」
再会にして、初対面になった王宮の庭園でのことを思い出す。
あの時のカールと今のカールは違っている。
数日で人はそれほど変わらない。
おどおどとしたユーティも今ではキリっとしているが、生きてきた時間が違う。
カールの不自然さにオピオンは、やはり警戒している。
どうするべきか考えて、カールの手を握る。
近づいたり離れたりと忙しいが、カールは俺に触れられたことが嬉しいのか笑っている。
何も企んでいない平和な顔に見える。
見つめていると顔を真っ赤にして照れた。
一気に年相応に見えてくる。
「オピオン、心の状況が分かる?」
カールの、という言葉を抜きにしてもオピオンには伝わった。
少し考える間の後に「あるじに触れられて照れていますね」と見たままのことを言う。
「あるじが触れていないときは得体の知れない存在ですが、あるじが触れていると普通の少年です」
「――そうか。カール、結婚はともかく婚約をしよう」
「え! ほんとう?」
嬉しそうに顔をあかるくさせるカール。
金眼はキラキラと輝いていてまぶしいぐらいだ。
演じているわけではなく、これもまたカールの素の状態のはずだ。
妖精の国に行ってしまっている時は、妖精にイタズラでもされて人格がイラプセル風に改造されるのだろうか。
頭を撫でていると嬉しそうに目を細めて受け入れてくれる。
「よろしいのですか?」
「この状態のカールをヴィータ嬢の婚約者にするのは問題がある。ヴィータ嬢も望んでいないようだからね。彼女が望む救出劇をフォルクではなく俺たちがする必要が出てくるけれど」
オピオンに応えながら、ヴィータとの婚約ではなくユーティとのことを俺は考えていた。
ユーティの幸せのためにカールは適切な相手だと思っていたが、こうなると疑わしい。
「妹の幸せのためには、妹を守り、愛して、そばに居る人間が必要だと思っている」
「第二王子は不適格ですか」
「俺とユーティの二人が危ないときに俺を助けるような男ではダメだ」
「あるじの望みがそこにあるのなら、あるじを見捨てることになっても俺はユースティティアさまをお助けします」
オピオンの言葉に俺はうなずく。
カールと手をつなぎながらの状態でする会話ではないが、大切なことだ。
「俺に危険が迫っていたときに君がそばにいなくても、君がユースティティアを守ってくれると信じて、安心していられる」
攻めでも、守りでも、オピオンほど使い勝手がいい人間は居ない。
恋の相手としてはともかく、戦力としてオピオン以上の人材は居ない。
先代が悪いわけではないが、軍事の予算が削減され騎士の質が落ちている。
予算というのは大きな理由がない限り、前の年を基準に決める。
先代が一度、軍への予算を減らされたからには陛下の代で増やすことはできない。
陛下が頭を悩ませていた金策については、今の段階だからこそどうにかなるだろう。
「カール、婚約しよう。けれど、まずはヴィータ嬢の安全を確認してからだ」
「はい、あのこは……司祭さまと似た服を着た方に連れて行かれました」
「なるほど」
「婚約者をさらわれるような第二王子よりも助けに来てくれた第一王子が婚約相手に相応しい……らしいです」
「見る目がないことだ」
「クロトはすこし兄上にしんらつですね? お好きなのに?」
素直に疑問を口にするカールに俺は内心で首をかしげる。
俺はフォルクが好きなのだろうか。
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