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第5話

その次の日の木曜日。 清平にとって時間割が面白くない木曜日はいつも放課後までの時間が長く感じられてあまり好きではなかったが、今日だけは放課後に吉澤のことを部員に話さなければならないという気の進まない用件があったためか常に付き纏う緊張であっという間に感じられた。 部室への慣れた足取りも今日はひどく重い。 だいたいこんな大事なことは顧問の口から伝えるべきなのでないかとどうも納得がいかない。 夏休み前の期末試験に向けての大事な授業中も放課後のこの事をどう伝えるかというシュミレーションの時間に半分以上割いた。 大学への推薦入学を狙う自分の内申書に今回のことで響いたなら絶対許さないぞと顧問に悪態をつきながらなんとか部室の前に辿り着いた。 扉に手をつけたまま深呼吸する。 大丈夫、何度もシュミレーションしたはずだ。 あとはその通りに動くだけ。 いつも通りに自分を励ましていると後ろから今一番聞きたくなかった男の声がした。 「なにやってるんですか?入らないんですか?」 「久住っ…!」 呆れたようでいて面白がるような顔で後ろに久住が立っていた。また見られたくないところを見られた。 すっかり敬語に戻った口調にさらにバカにされた気になって、急いで自分は何にも見られてない自分は緊張などしていないという顔を作り上げて、勢いよく扉を開いた。 中には部員が何名か既に集まっていた。 見事によく顔を出す面々だけである。一応、部員全員にメールはしたが、幽霊部員にはスルーされてしまったようだ。 だが、人前で何かを率先して発表することが苦手な清平には人数は少ないほうが好都合だ。 欲を言えばこの男も来なければもっとよかったのにと、清平は昨日絶対来いよだなんて無駄に念押しした事実を棚に上げて行儀悪く机の上に腰かける久住に一瞥を投げてから、半日練り上げた文面を紡ぐ。 「実は今日みんなに集まってもらったのは吉澤のことなんだ。 みんなも知ってる通り吉澤は病気でずっと休んでいたんだけど、その関係でうちの学校を辞めて他県に引っ越すみたいなんだ 昨日土田先生に聞いたばっかりで俺も詳しいことまでよくわからないんだけど」 深く突っ込まれたくなくて最後にきちんと逃げ道を付け足すことを忘れず端的に話すとそんな…吉澤先輩が…と案の定みんなの顔に困惑が浮かびやがてそれはショックを受けた顔になった。 中には慕っていた先輩の凶報に泣き出してしまう女子もいて、清平は自分が悪いことをしたような気がして胸が痛んだ。 広がっていく動揺に包まれていく下級生たちを見ていると胸の痛みが増して清平の口が予定になかった言葉を口走っていた。 「大丈夫だよ きっとよくなる 俺が吉澤に連絡を取って可能か聞いてみるから出来たらみんなで吉澤のお見舞いと送別会をしよう みんなが来てくれれば吉澤もきっと喜ぶよ」 こんなこと言うつもりなかったのに…。言いながら後悔したがもう遅い。 柄にもないし、本当に自分がその計画の中心になる気があるかと言われたら全く疑わしいと自分でも思ったが、自分の言葉に安心したように頷きあう部員を見るとまぁ結果オーライだとほっとした。 その中で久住だけが相変わらず興味なさそうに欠伸をしていたが無視し、再び部員を見やった。 「それでこんな時にこの話をするのもどうかと思うんだけど、もう一つ土田先生に言われたことがあって…。吉澤が転校することでうちの部、副部長がいなくなるんだ だからもしよかったらみんなの中で代わりに副部長になってもいいって人いるかな?」 病気でいなくなる者の後任をこんなタイミングで募るのも薄情かと思ったが、大勢の前に立って話すなんて機会が一度に済むならその方がいいと思い、告げるとさっきとまた違う困惑の色が一気に部室に行きわたる。 どうする?と目だけで語り合って、一年生からの推すような視線を受けた二年生の部員が不自然に目を泳がせた。 そうだよなぁ、みんなそういうのに乗り気な子たちじゃないもんなと暗礁に乗り上げそうな問題に清平は頭を掻いた。 「じゃあ俺がやります」 困惑色一色な中に不釣り合いなやけに気の抜けた声が部室に響いた。 その声の主を見て、ある意味今日一番のショックが部内に広がった。突き刺すような数多の視線に煩わしそうに一瞥を投げ返したあと、久住は清平をまっすぐに捉えて再び言葉を繰り返した。 「副部長、俺がやります」 放った言葉を理解しても脳がそれを受け入れなくて、ただただ信じられない思いで清平もまた久住をまっすぐに見つめ返した。

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