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第3話

朝、誠のためにご飯を作るのが最近のみなみの日課だった。 ご飯といっても、トーストにスクランブルエッグ、ウインナー、サラダ、といった簡単なものだ。 少々伸びた黒い髪を後ろで一つに結っている。 見た目は160センチと小柄である。 たまに女と間違えられることもある中性的な顔立ちを、みなみはコンプレックスだと感じていた。 誠は童顔で可愛いと褒めてくれるのだが、みなみからすれば誠の引き締まったスタイルや格好良さが羨ましかった。 誠のような男らしさに憧れる。 みなみには無理な話だけれど。 ご飯を食べて支度を済ませると、誠はみなみの頭を優しく撫でた。 「今日もありがとう。行ってきます。大学遅れないようにな?」 「うん。いってらっしゃい」 誠はそう言って笑顔で手を振り、部屋を出て行った。 後片付けをし、みなみも大学へ行く準備をする。 総合大学の教育学部に所属するみなみは二年生だ。 アパートから歩いてニ十分の場所にある大学へ、リュックを背負って一人向かう。 連日のセックスのせいで体の節々が痛いし、特に腰がだるい。 バスに乗ればいい話なのだが、居候の身でそんなお金は出せないため、みなみはいつも歩いている。 今日は特別暑かった。 天気予報を見ずに出てきてしまったため、水分を用意していなかった。 おかしいくらいに出てくる汗をタオルで拭いながら黙々と歩く。 大学の門までたどり着いた頃、ふと、視界が一瞬真っ白になった。 よく分からなくなって倒れそうになったところ、誰かに後ろから支えられた。 「大丈夫?」 男の優しい声だった。 振り向くと、男子学生が心配そうにこちらを見下ろしていた。 180センチないくらいの身長の男だ。 髪は黒髪で、誠実そうな、真面目そうな男だった。 整った目鼻立ち、綺麗な容姿。モデルかな? と見間違えるほどに格好良く、ついつい見惚れてしまった。 「熱中症かな。こっち座って」 男に誘導され、門をくぐったところにあるベンチに座った。 「これ、ごめんね、飲みかけだけど、飲んだら楽になるから」 「これは?」 「経口補水液っていって、熱中症や脱水症状に効くんだ。少しずつ飲んでね」 こくり、とうなずき、みなみは言われた通り少しずつそれを口にした。 しばらくすると、体が楽になったように思えた。 よほど水分が足りていなかったらしい。 「今から講義? 大丈夫?」 「すぐそこのA棟なんで、大丈夫です」 「時間あるからそこまで送っていくよ」 断ろうかとも思ったけれど、もっと話していたいという下心の方が勝ってしまった。 心の中で誠にごめんなさいをし、ありがとう、と礼を言った。 A棟への道中、男はみなみに気を遣ってくれて、みなみのペースに合わせて歩いてくれた。 まだ少しふらふらしていたので同行してもらえて助かった。 「一年生?」 「いや、二年です。教育学部の湯木みなみといいます」 この身長と童顔なので一年生に間違われることはしばしばである。 慣れているので別に構わなかった。 ごめんね、と男は言って、苦笑いしてみせた。 「オレは森下稔(もりしたみのる)。薬学部の六年生。時間はあるから、必要な時は頼ってね」 そう言うと、稔はにっこりと微笑んだ。 稔はみなみのストライクゾーンど真ん中の容姿をしていた。 故、どうしても意識してしまうし、ドキドキしてしまう。 「今日、二限は?」 「ないです。次は三限なんで」 「そっか」 A棟に着くと、稔はメモ帳を取り出して急ぎ何かを書いてみなみに渡した。 「これ、オレのラインのID。心配だから、講義終わったら連絡して」 「あ……ありがとうございます」 「じゃあね」 稔は爽やかな笑みを浮かべ、手を振って去っていった。 最後までイケメンだった稔に見惚れていると、後ろからこつん、と軽く小突かれた。 「おはよ、今のイケメン、誰?」 友人の山中北斗(やまなかほくと)だった。 北斗はみなみと同じくらいの背格好で、髪を栗色に染めている。 二人で並んでいるとよく可愛いカップル、と囁かれるくらいだ。 「熱中症になりかけてたところを助けてくれた人」 「で、それは?」 「……連絡先」 おお、と北斗は驚き、にやりと笑った。 「連絡すんの? この浮気者―!」 「まだしてないし!」 「まだ?」 揚げ足を取るかのように、北斗は更ににやにやする。 「もしかして、一目惚れしちゃった?」 「う……」 みなみは嘘がつけない性格だ。図星を突かれ、言葉を失い、仕方なくこくりと頷いた。 「ドストライクすぎて。顔」 「相変わらず面食いだな。でも、誠よりはいいんじゃね?」 「……それは、」 北斗にはみなみと誠の関係は話してある。 誠がみなみに不特定多数の男と寝るように仕向けているのも当然知っている。 北斗には、何度も誠と別れるように説得された。 だけど、何度説得されても別れようとは思わなかった。 こんなにも誠のために何かしたいと思っているのだから、これは間違いなく恋なのだ。 みなみはそう信じて疑わない。 「あ、講義始まる。入るぞ」 「……うん」 そう、これは間違いなく、恋のはずなのだ。

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