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第5話
食事の終わり際のことだった。
神妙な面持ちで、稔は少し声のトーンを落とし、ねえ、とみなみに声をかけた。
「湯木くん、もしかして、体売ってない?」
どくん、と鼓動が鳴った。心臓を鷲掴みにされたような気持ちだった。
なぜ稔がそんなことを言うのか分からなかったが、思い当たる節が有りすぎて否定できない。
「どうしてそう思うんです?森下先輩」
横から北斗が助け舟を出してくれた。
「オレの知人が、『ゆきちゃん』って子の話をしていてね。一緒にパーティしないかって誘われて」
そのパーティ、とぼやかしたものは間違いなくいつもの乱交のことだろう。
みなみは視線を下に向けたまま、二人の会話に耳だけ向けた。
「特徴が湯木くんとあまりにも一致していてね。もしかしてって思ったんだ」
「……だってよ、みなみ。どうなん?」
分かっているくせに、北斗はあえてみなみの口から言わせようとする。
その判断は正しいだろう。否定するかしないか、それはみなみに任せる、ということだ。
「……えっと、」
みなみは箸を置き、深呼吸して稔を見上げた。
「売ってはないです。でも、してるのは、本当です。多分、オレのことです。もう誰が誰だか分からないですけど……」
「そっか」
稔は水を飲みながら少し考え、ねえ、とみなみに声をかけた。
「今日はうちに泊まりな?」
「えっ」
今日初めて会った稔がまさかみなみと誠のことを知っているなんて知らなくて驚いたし、お泊りの提案をされるなんて夢にも思っていなかった。
だけど、みなみの帰るべき場所は誠の家だ。稔の家ではない。
それに、初めて会った人の部屋に突然泊まるなんて、できない。
「折角ですが、」
「みなみ、チャンスだぞ」
断ろうとしたところ、北斗に横から口を出されてしまった。
北斗は少々怒っているようにも見える。
「誠とは縁を切れ。今日は先輩にお世話になって、そんで、実家に帰れ」
「……」
実家に帰りたくない。誠と縁を切ることもしたくない。
誠のことをこんなにも愛しているのに、どうして皆、仲を引き裂こうとするのだろう。
誠だってみなみのことを好きと言ってくれているのに。
「先輩は、どこまで知ってるんですか?」
「誠って人とみなみが同棲してることは知ってる。聞く限り、誠は君を商売道具としてしか見ていないよ」
「……そんなことない。お金なんてもらってない」
目の前で金銭のやり取りなんてこれまで一度も見たことがないし、そんなこと言われたこともない。
みなみには、稔が嘘を言っているようにしか思えない。
「金のやりとりなんてどこでもできるだろ。冷静になって考えてみりゃそんくらいわかる」
「でも、」
信じたくない。誠がみなみを売っていたなんて、そんなこと信じたくないし信じることができない。
何より証拠がない。
誠はみなみを好きと言ってくれている。
その事実だけは確かだ。
だって、はっきりと直接聞いたのだから。
「好意に甘えて一晩世話になれよ。もしかしたらそれで色々分かるかもしれないだろ」
「分かる……? 何が?」
怖い。真実を知るのが怖い。
心の奥底では、これはもしかしたら愛ではないのかもしれないと薄っすら思っていた。
思うたびに、誠に優しく抱かれ、キスをされ、愛を囁かされ、やっぱり気のせいだ、と納得していた。
誠の愛が嘘だとしたら、みなみは何のために見ず知らずの男たちと夜な夜な体を重ねているというのだろう。
真実を知ったら、色々なものが崩壊しそうで怖い。
「誠がオレに嘘をついてないってことも、分かるかもしれない」
「これだけ言って、まだ信じるのか?」
北斗はそう言ってため息をついた。
「でもまあ、そうかもしれないな」
みなみなお茶を飲んで気持ちを落ち着かせた。
誠が嘘をつくはずがない。だって、誠はみなみのことをこんなにも愛してくれているのだから。
「森下先輩、初対面でこんなお願いするのも変ですが、一晩お世話になっていいですか?」
「いいよ」
稔はにこり、と笑顔を見せてくれた。
何かが分かるかもしれない。
不安は大きいけれど、期待も大きい。
誠に愛されていると、また実感できるかもしれないのだから。
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