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第7話

「冷めちゃうよ。バスタオルは行けば置いてるから分かると思う」 「あ、はい」 パジャマを受け取り、みなみは風呂場へ向かった。 大抵の男はみなみに発情し、みなみの体を愛でてきた。 最初こそ気持ち悪いと思ったけれど、今はもう、それにも慣れた。 男の二人きりの空間で何も起きないなんて始めての出来事で、みなみは動揺していた。 シャワーを浴びながら、どうすればいいのか必死に考えたけれど、答えは見つからなかった。 体を洗い終えると湯船につかって天井を見上げた。 平和すぎてなんだか落ち着かない。 ドアが開いて中に入ってくる気配もないので、平和そのものだ。 こうして一人で落ち着いて風呂に入るのはいつぶりだろう。 大抵は性交の後処理をして、どっと疲れて風呂場で疲れを癒すのだが、今日は疲れてもいないし特別なことをしたわけでもない。 お風呂から出てもそこに稔の姿はなかった。 体を拭いて下着をはき、パジャマを身に着ける。 残念ながらズボンは大きすぎて下がってしまうため、上着だけ着ることにした。 丈が長いのでワンピースのような恰好になってしまった。 着替えを手に廊下に出て、リビングへ入る。稔はパソコンに向かっているところだった。 「あ、大きかった?ごめんね」 ズボンをはいていないみなみを見て、稔はすまなそうに手を合わせた。 「いえ、助かりました。何も持ってきてなかったんで」 みなみは稔の隣に座るとパソコンを覗き込んだ。 難しそうな英語の論文だった。専門用語のオンパレードでみなみにはさっぱりだ。 「はは、目のやり場に困っちゃうな。可愛いってよく言われない?」 「女装が似合うってよく言われます」 「ああ、分かる気がする。湯木くん、可愛いもんね」 下心なんて何もないのだろう、稔は必要以上のボディタッチをしてこない。 みなみの姿を見た男たちは、隣に座ろうものなら足を撫で、首筋にキスをしてくるのに。 何もされないことに慣れていないみなみはこの場合、どうすればいいのかまるで分からなかった。 まだ「お礼」だってできていない。 「あの、森下先輩」 みなみは稔を見上げた。稔は手を止め、こちらを見る。 「やっぱり、お礼させてください。オレには、……これしかないけど」 「湯木くんは、そんなにエッチなことをしたいの?」 別にそういうつもりはない。 ただ、誠に言われているのだ。 親切にしてもらったらお礼を必ずするように、と。みなみには返せるものは体しかない、と。 「オレには、これしかないから」 ぎゅ、と膝の腕で両手を握りしめた。 「湯木くん、下の名前で呼んでいいかな」 「え?」 突然の申し出に驚いた。 「なんか、『ゆきちゃん』を連想しちゃって、オレが嫌なんだよね」 性交中、みなみは「ゆきちゃん」と呼ばれる。 あの男たちはみなみの下の名前だと思っているようだが、おそらく意図的に誠が苗字しか教えていないのだろう。 「呼び捨てで構いませんよ」 「そう?じゃあ、みなみ」 ドキン、とした。 稔の部屋で、二人きりで、仕方ないとはいえ、みなみは今、上のパジャマしか着ていなくて。 その時稔は一体どんな顔をして抱いてくれるのだろう。 どんな風にみなみの体を愛でてくれるのだろう。 優しく抱いてくれるのか、雰囲気に反して少々乱暴なのか。 今までの経験故、そんな思考ばかりが頭の中をぐるぐるしてしまう。 「誠のせいで、考え方がおかしくなってるんだよ。みなみ、君のその思考は普通じゃない」 「そんなこと、ない」 これがみなみの普通だ。 それを否定されてしまえば今までの自分が否定される。 今まで自分がしてきたことが間違いだったと言われてしまう。 それはとても嫌だった。 何故なら、全ては誠が教えてくれた、家出したみなみの唯一の生きる術なのだから。 「オレがもってるもので返して何が悪いんですか?」 「もっと自分を大切にしてほしい」 稔はみなみの両手を握った。温かな大きな手だった。 「自分の体を、もっと大事にしてほしい」 「……」 みなみの体は誠のものだ。 誠が望めば、この体は誰にだって差し出せる。 稔はその考えが、おかしいと言う。おかしいとすれば、今までみなみがしてきた行為は一体なんだ。 何のためにそうしてきた? 誠のためではないのか? それが誠のためにならないとでもいうのか? 「オレのこと、抱いてもいいんですよ?」 今までの全てを否定されるのが怖かった。誠をも否定するようで、嫌だった。 「男抱いたことないですか?オレがよくするんで、大丈夫ですよ」 稔も一緒だ。他の男と何も違わない。 きっと誘惑すればみなみのことを押し倒し、服を剥ぎ取り、乱暴に抱く。 そこに愛など何もない。あるのは愛欲だけだ。

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