2 / 13

1.異変

「今日の授業は、ここまでにしよう」 授業終わりのチャイムが鳴り、社会の先生が教科書を閉じる。 神野優人先生――世流の父親だ。 世流もだが、親子揃って美形で、特に女子から人気がある。 もっとも、優人先生は明るい茶髪で、毛先が少しカールしている。 「宿題のプリントを配るから、クラス委員長は代表で取りにおいで」 キザなウインクも、優人先生がやるとサマになっていて、また教室の女子達が騒ぎだす。 それを世流は冷めた目で見ている。 「あ、そうだ。徹君、ちょっと今日の放課後、資料室の片付けを手伝ってくれないかい?」 「え、俺が?」 優人先生の言葉に、徹は首を傾げた。 優人先生は頷く。 「君は見た目によらず、力持ちだからね」 「徹は今日、部活だ」 徹が答えるより早く、世流が遮った。 振り返って見ると、なぜか世流はいつになく冷たい目で、優人先生を睨みつけている。 決して中の悪い親子ではないのに、今日に限って空気が険悪だ。 けれど優人先生はどこ吹く風で、イタズラっ子のようにニヤッと笑う。 「それは残念だね。部活、頑張りたまえ」 軽く手を振って、優人先生は教室を出て行った。 女子達がぽぉ~っとして、優人先生の出て行った扉を見詰めている。 「どうしたんだ? 神野。お前らしくないぞ?」 「五月蝿い! お前は無防備過ぎだ、徹」 訳の分からない事を言った世流は、そのまま怒って教室を出て行った。 「何だ? アイツ」   ☆  ★  ☆ 「一体どう言う積もりですか!」 誰もいない廊下の隅で、優人先生は振り返った。 いつになく目を釣り上げた世流が、毒々しいオーラを背負っている。 「ん? 何をそんなに怒っているんだい?」 「ふざけないでください! 資料室の片付けなんて言って、徹に何をする積もりなんですか!」 「え?」 世流の剣幕に呆然とした優人先生は、急にアッハッハと大笑いした。 その反対に、世流の怒りが次第に悪化していく。 「――何がおかしいんですか?」 絶対零度に下がった空気の中でも、飄々としていた優人先生が、やっとの事で笑いを収めた。 「いやぁ、いつになく激昂しているから、何かと思えば……そう言う事かい」 なぜか凄く納得している優人先生が、まだクスクスと笑っている。 ハッとした世流は、怒りのせいではなく、顔をカアッと赤く染めた。 優人先生がさも嬉しそうに頷く。 「そう言う事なら、心配する必要は無いよ。その変わり――」 不意に真顔になった優人先生が、そっと世流の側に近寄り、低い声音で耳打ちする。 「トールの周りに気を付けるんだ。失いたくないならば、お前がアイツを守ってやれ」 世流は怪訝な顔をしたが、何も言わずに頷く。 不敵に笑った優人先生は、軽く世流の肩を叩いて、そのまま歩いて行った。 少しの間、世流は優人先生を見詰めていたが、やはり何も言わずに教室へ戻って行く。   ☆  ★  ☆ 部活の時間。 何だか世流の様子がおかしい。 いつになく徹の側にいて、何かを探しているのか、時折、視線をさまよわせている。 「どうしたんだ? 神野、さっきから変だぞ」 「――何でもない」 そっけなく答えた世流は、何気なく顔を背けた。 ……何か、言いたくない事でもあるのだろうか? 「悩み事でもあるのか? 神野、何かあるなら、何でも言えよ」 「トール……」 徹は慰める積もりで言ったのだが、よけいに肩を落とした世流はため息をつく。 おまけに―― 「お前は気楽で良いな」 ますます徹には意味が分からない。 お前は――と言う事は、徹にも関係がある事なのだろうか? けれど、徹には何も思い当たる節がない。 世流がもう一つ、ため息をついた。 「愚か者が……」 世流の呟きに、徹はただ首を捻るばかりだった。 と言うか、愚か者って……いつの時代の言葉だよ。   ☆  ★  ☆ その夜の夢は、いつもと少し違っていた。 男と大蛇が戦っているのは変わらない。 そして男が大蛇に止めの突きを繰り出し…… 『お……愚かな……。だから、避けろと……言ったのに』 この大蛇の声……どこかで聞いた事があるような? とても悲痛な声だった。 猛毒の血を浴びた男が、ニヤリと笑う。 「こうでもしないと、お前の道連れになってやれないだろ?」 『ナ……』 男の言葉に、大蛇が絶句する。 「お前が死ぬ時は……俺を道連れにすると、そう約束しただろう?」 道連れにする約束? そして、あの言葉―― 「……来世で、また会おうな」 『愚か者……』 悲しそうに呟いた大蛇が、不意に人間の姿へと変わり…… (な――!?) その青年は、徹のよく知るライバルに似ていた。   ☆   ★   ☆

ともだちにシェアしよう!