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1.異変
「今日の授業は、ここまでにしよう」
授業終わりのチャイムが鳴り、社会の先生が教科書を閉じる。
神野優人先生――世流の父親だ。
世流もだが、親子揃って美形で、特に女子から人気がある。
もっとも、優人先生は明るい茶髪で、毛先が少しカールしている。
「宿題のプリントを配るから、クラス委員長は代表で取りにおいで」
キザなウインクも、優人先生がやるとサマになっていて、また教室の女子達が騒ぎだす。
それを世流は冷めた目で見ている。
「あ、そうだ。徹君、ちょっと今日の放課後、資料室の片付けを手伝ってくれないかい?」
「え、俺が?」
優人先生の言葉に、徹は首を傾げた。
優人先生は頷く。
「君は見た目によらず、力持ちだからね」
「徹は今日、部活だ」
徹が答えるより早く、世流が遮った。
振り返って見ると、なぜか世流はいつになく冷たい目で、優人先生を睨みつけている。
決して中の悪い親子ではないのに、今日に限って空気が険悪だ。
けれど優人先生はどこ吹く風で、イタズラっ子のようにニヤッと笑う。
「それは残念だね。部活、頑張りたまえ」
軽く手を振って、優人先生は教室を出て行った。
女子達がぽぉ~っとして、優人先生の出て行った扉を見詰めている。
「どうしたんだ? 神野。お前らしくないぞ?」
「五月蝿い! お前は無防備過ぎだ、徹」
訳の分からない事を言った世流は、そのまま怒って教室を出て行った。
「何だ? アイツ」
☆ ★ ☆
「一体どう言う積もりですか!」
誰もいない廊下の隅で、優人先生は振り返った。
いつになく目を釣り上げた世流が、毒々しいオーラを背負っている。
「ん? 何をそんなに怒っているんだい?」
「ふざけないでください! 資料室の片付けなんて言って、徹に何をする積もりなんですか!」
「え?」
世流の剣幕に呆然とした優人先生は、急にアッハッハと大笑いした。
その反対に、世流の怒りが次第に悪化していく。
「――何がおかしいんですか?」
絶対零度に下がった空気の中でも、飄々としていた優人先生が、やっとの事で笑いを収めた。
「いやぁ、いつになく激昂しているから、何かと思えば……そう言う事かい」
なぜか凄く納得している優人先生が、まだクスクスと笑っている。
ハッとした世流は、怒りのせいではなく、顔をカアッと赤く染めた。
優人先生がさも嬉しそうに頷く。
「そう言う事なら、心配する必要は無いよ。その変わり――」
不意に真顔になった優人先生が、そっと世流の側に近寄り、低い声音で耳打ちする。
「トールの周りに気を付けるんだ。失いたくないならば、お前がアイツを守ってやれ」
世流は怪訝な顔をしたが、何も言わずに頷く。
不敵に笑った優人先生は、軽く世流の肩を叩いて、そのまま歩いて行った。
少しの間、世流は優人先生を見詰めていたが、やはり何も言わずに教室へ戻って行く。
☆ ★ ☆
部活の時間。
何だか世流の様子がおかしい。
いつになく徹の側にいて、何かを探しているのか、時折、視線をさまよわせている。
「どうしたんだ? 神野、さっきから変だぞ」
「――何でもない」
そっけなく答えた世流は、何気なく顔を背けた。
……何か、言いたくない事でもあるのだろうか?
「悩み事でもあるのか? 神野、何かあるなら、何でも言えよ」
「トール……」
徹は慰める積もりで言ったのだが、よけいに肩を落とした世流はため息をつく。
おまけに――
「お前は気楽で良いな」
ますます徹には意味が分からない。
お前は――と言う事は、徹にも関係がある事なのだろうか?
けれど、徹には何も思い当たる節がない。
世流がもう一つ、ため息をついた。
「愚か者が……」
世流の呟きに、徹はただ首を捻るばかりだった。
と言うか、愚か者って……いつの時代の言葉だよ。
☆ ★ ☆
その夜の夢は、いつもと少し違っていた。
男と大蛇が戦っているのは変わらない。
そして男が大蛇に止めの突きを繰り出し……
『お……愚かな……。だから、避けろと……言ったのに』
この大蛇の声……どこかで聞いた事があるような?
とても悲痛な声だった。
猛毒の血を浴びた男が、ニヤリと笑う。
「こうでもしないと、お前の道連れになってやれないだろ?」
『ナ……』
男の言葉に、大蛇が絶句する。
「お前が死ぬ時は……俺を道連れにすると、そう約束しただろう?」
道連れにする約束?
そして、あの言葉――
「……来世で、また会おうな」
『愚か者……』
悲しそうに呟いた大蛇が、不意に人間の姿へと変わり……
(な――!?)
その青年は、徹のよく知るライバルに似ていた。
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