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3.北欧神話
北欧神話とは、全能の神オーディンを主神とした、神々の戦いの話らしい。
その中でもっとも大きな戦いが『ラグナロク』
「ハンマーを持つ大男と、大蛇の戦いと言ったら、雷神トールとヨルムンガルドですね」
「ヨルムンガルド……」
徹はハッとした。
『ヨルムンガルド……何を笑っているんだ?』
「それだ! 夢の中の大男が、その大蛇を『ヨルムンガルド』って呼んでた」
「それなら、間違いありませんね」
光先生が優しく微笑む。
「あの大男、俺と同じ『トール』って名前なんだ……ねぇ、光先生。雷神トールとヨルムンガルドは、どうして敵どうしになんかなったんですか?」
夢の中のあの二人は、ライバルとして、戦うのを本当に楽しんでいた。
表情なんか無いはずの蛇の顔色が分かるほど、二人は本当に仲が良さそうだったのに――
少し困った顔をした光先生が、言いづらそうに口を開く。
「……ヨルムンガルドの父であるロキが、神々に戦争を挑んだからです」
「え……?」
徹は言葉を失った。
徹は言葉を失った。
「神々の世界を終わらせ、新しい世界を作るための戦いでした。――革命と言えるかもしれません」
世界を終わらせようとしたロキと、世界を守ろうとしたオーディン。
ヨルムンガルドは父の側に付き、トール神は主神の側に付いた。
それが、最後の大戦で二人が敵対した理由。
けれど、そんな事は二人に関係無く、ただライバルだから雌雄を決するだけ。
それ以上でも、それ以下でもないのだ。
徹は笑った。
「光先生、そのロキってのが好きなんだね」
「えっ!?」
声を上げた光先生が、胸元に下げた金の十字架のペンダントを握り、顔を真っ赤に染めた。
やっぱり――
光先生が『ロキ』と呼ぶ度に、声に愛しさがにじんでいた。
北欧神話にも詳しいようだし、よっぽど好きなんだろう。
この時の徹は、まだその事に意味があるとは、思いも寄らなかった。
☆ ★ ☆
「本当に大丈夫なのか? 徹」
「しっかり休んだから、大丈夫だって!」
体育の授業が終わって少しすると、意外な事に、世流が真っ先に徹を迎えに来てくれた。
「二人っきりで何をしてたのかな~? ……光?」
「少しお話しをしていただけですよ」
オマケに優人先生も来てくれた……と言うよりは、光先生にちょっかいを出しに来たらしい。
「……それよりも……優人――」
急に深刻な顔をした光先生が、優人先生を真っ直ぐに見詰める。
……と言うより、今、光先生が優人先生を呼び捨てにした?
優人先生が静かに頷く。
「さて、これからは大人の時間だよ。子供は勉強に戻りなさい」
優人先生にシッシッと手を振られ、実質、徹と世流は保健室を追い出された。
「なぁ、あの二人って、もしかして……?」
「――恋人同士だ」
「やっぱり……」
世流がため息をつく。
「聞かれる前に言っておくぞ。――父さんは、光先生に会ってすぐ、母さんと別れた。それから光先生は、ウチで同棲している」
うわぁ……もしかしてドロドロ?
「……昼ドラのような事を考えているんだろうが、それは無い。俺も兄さんも、光先生の事は了承している」
それはそれで良いのか?
考えるのが面倒になった徹も、深くため息をついていた。
☆ ★ ☆
「――それで? 僕に何か話があるんだろう?」
徹と世流が離れていく頃合いを見計らい、優人は光の首に腕を回して、優しく抱き締めた。
少し心配そうに顔を曇らせた光が、優人の腕にそっと触れる。
そうしていないと、不安に呑まれてしまいそうになるから――
「光……?」
「……彼が、あの夢を見るそうです」
「あの夢……かい?」
静かに繰り返す優人に、光は頷く。
「まだ――自分との関係性には、気付いてないようですけど……でも……」
「君は、彼らを巻き込みたくないんだよね」
光が静かに頷く。
優人は優しく光の髪を撫でた。
「心配無いさ。もし記憶が戻ったとしても――僕達の背負っている物を、押し付ける必要はない」
光の髪を一房手に取った優人は、恭しく口付けを落とす。
「例えどんな敵が来ようとも、僕が君やみんなを守ろう。だからもう、そんな悲しい顔はしないでくれ」
優しく言い聞かせてくる優人に、光も穏やかに微笑んで頷いた。
「ありがとうございます、優人……」
互いに信頼の眼差しで見詰め合い、しっとりとした口付けを交わす。
最初は触れるだけのモノから、次第に深く繋がり合っていき、チュクチュクと卑猥な音が響き始める。
その途中で、光が恍惚とした顔のまま、優人を押し退けた。
「あ……ちょっと……待って、ください」
「何を……?」
少しの間、優人を見詰めていた光は、いそいそと立ち上がり、保健室の扉に駆け寄る。
そして『外出中』の札を出し、扉の鍵を内側から閉めてしまった。
優人がクスクスと笑う。
「僕を閉じ込めて、どうする積もりなのかな? 光先生」
からかう優人に軽く唇を尖らせ、光はその首に腕を回してすがり付く。
「分かっているクセに……そんな意地悪を、言わないでください」
喉の奥でククッと笑った優人が、光の腰に手を回し、軽々と抱き上げる。
「それでは、ベッドへとお連れいたしましょう……愛しい人」
そして優人は光に口付けを贈り、そのままベッドへと運んで行く。
――幸い、その日保健室を利用する者は、誰もいなかった。
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