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4.襲撃
「メェェーーン!!」
「胴――!」
竹刀が胴を打つ音が響き、審判の先生が素早く旗を上げる。
「胴あり! 一本」
体育館の入口で見学をしていた女子達から、黄色い歓声が上がった。
向かい合って礼をした二人は、体育館の端に行き防具面を外す。
「だぁ、クソッ! また神野に負けた!」
「今日の徹は大振りし過ぎだ。もう少し集中しろ」
今日二回目の負け試合に、徹は天を仰いで悔しがり、世流は軽く静かなため息をつく。
徹は怪訝な顔で世流を見詰めた。
――なんだか、世流の様子がおかしい。
世流はいつも冷静沈着で、集中力もあるが……今日はなんだか、ずっとピリピリしている。
いつになく神経を高ぶらせて、何かを警戒しているようだ。
「……本当にどうしたんだよ? 神野、昨日からなんか変だそ」
「………何でもない」
難しい顔をした世流が、徹から顔を背ける。
それは、見るからに「言いたくない」と言う雰囲気で――徹は肩をすくめた。
こんな時の世流は、何にを言っても無駄だ。
しかし、不意にハッとした世流が、勢い良く徹の方を振り返った。
世流の視線が徹を通り過ぎて、さらに後ろを睨み付けている。
徹が不思議に思って振り返ろうとすると――
「危ない!」
突然叫んだ世流が、徹の横に飛び出し、持っていた竹刀で竹刀を受け止めた。
防具面で顔を隠した誰かが、徹に向かって振り下ろした竹刀を、世流が受け止めたのだ。
剣道部の道着を着ているから、部員の誰かなのだろうか?
「誰だ!」
驚いた徹は声を上げるが、その誰かは何の反応も示さず、再度竹刀を振って攻撃してくる。
狙いはあくまで徹のようだが、間に入った世流が全て受け止め、何度も相手と竹刀を交えた。
だが相手の動きが雑だ。
すぐに見切った世流が、相手の腹に竹刀を打ち込み、続けざまに手首を打ち据えた。
小さく呻いた相手が、竹刀を落とす。
遠くで、見学する女子の歓声が響いた。
さすが剣道部の花形アイドル。
落ちた竹刀を竹刀で遠くに打ち払い、相手を真っ直ぐに見据えたまま、世流が静かに構え直す。
武器を無くした相手は、小さくウ~と唸りながら、体を前後に揺らしている。
何か――凄く嫌な感じがした。
急に踵を返して走りだした相手が、見学女子を掻き分け、外に逃げて行く。
「待て……!」
声を上げた世流が、すぐに相手を追って走る。
「あ、待て! 神野!」
徹も、世流の後を追う。
……なぜか胸騒ぎがしてならない。
☆ ★ ☆
「――ッ!」
おとなしく腰マッサージを受けていた光が、急にハッと上体を起こした。
「光……」
「優人、今の感じ――」
険しい顔をする光に、優人は黙って頷き、先にベッドから降りる。
まだ少し痛そうに腰を庇う光に、優人が手を貸してベッドから下ろした。
そして二人は、速足で保健室を出て行く。
☆ ★ ☆
「どこに行ったんだ? 神野……」
体育館を出て、始めは世流のファンがみんな、世流の方を見ていたから分かったけど……
同時にあちこちで集まっている人だかりが、壁のように道を塞いでいて、途中で見失ってしまった。
恐らく外に出たのだとは思うが――
「神野……大丈夫かな」
不安が徹の胸を締める。
どうしてこんなに、苦しいのだろう?
胸のずっと奥が騒いで、突き動かされるように、徹は歩いていた。
その時――
「もう逃がさんぞ!」
徹はハッとした。
(神野?)
声のした方へと向かい、徹はゆっくりと歩み寄る。
相手の姿は見えないが、どうやら誰かと話しているらしい。
「なぜトールを狙う!」
怒鳴り散らす世流に、徹は首を傾げた。
(今の、トールって、俺の事? けど、ニュアンスが違ったような……)
疑問に思いながら様子を窺っていると、見えない相手が急に笑い出す。
『なぜ……とは、愚問ですな。あなたこそ、なぜアヤツを助けるのです? アヤツは『ラグナロク』において、あなたを殺した男でしょう? 違いますか、ヨルムンガルド?』
(えっ、ヨルムンガルドって……)
ヨルムンガルドは『北欧神話』の中に登場する、大蛇の名前のはずだ。
どうして世流の事を、ヨルムンガルドなんて呼ぶんだろう?
「フッ、クククク……」
急に世流が笑い出した。
「貴様の言っている事は、正しい……だが、それは前世での話だ」
キッパリと言い切る世流に、徹は面食らった。
前世だって?
と言う事は、世流の前世が北欧神話の大蛇、ヨルムンガルドだと言う事か?
にわかには信じられず、困惑する徹は、フッとある事を思い出した。
昨夜、徹が見た夢で、大蛇ヨルムンガルドの姿が、一瞬だけ人形に変わった。
その姿が世流に似ていたのは、偶然じゃない――?
「ウッ……!」
混乱する徹の頭が、急にズキンと痛み出した。
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