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5.覚醒
それは、いつも夢で見る光景……
大蛇ヨルムンガルドと、雷神トールの最後の戦い。
ラグナロク。
ヨルムンガルドに最期の一撃を刺し、猛毒の血を浴びたトール。
そうだ――ヨルムンガルドを殺したのは、他でもない雷神のトールだ。
「雷神……トール……」
徹は苦痛に呻いた。
夢で見た物がフラッシュバックして、他人事だった雷神トールの姿と、徹の心がダブる。
頭が痛い。
テスト前に猛勉強しても、こんなに激しい苦痛は襲ってこない。
収まり切らない情報が、次から次へと頭の中に溢れてくる。
『……来世で、また会おうな』
夢の中のトールの言葉。
『貴様の言っている事は、正しい……だが、それは前世での話だ』
世流の言っていた言葉に、徹はハッとした。
「前世……」
正直、前世なんて信じていない。
それでも、徹の心が訴えている。
雷神トールは――徹の前世なのだと。
『理解できないですね、ヨルムンガルド……あなたもトールが憎くいでしよう? トールはあなたの父上を捕らえた男ですよ?』
姿の無い男の声が言う。
「世流の……ヨルムンガルドの父……」
フッと徹の意識が遠退き、代わりにある場面が脳内に浮かんだ。
『貴様、よくも俺の前に出られたな』
大海原の真ん中で、大蛇が憤っている。
『貴様が父上に何をしたか――』
『――俺が腹立たしいのは、父上を捕縛したのが、貴様だと言う事だ!』
本当に辛そうなヨルムンガルドが、海面を波立たせながら嘆く。
『俺も貴様に問う。なぜ貴様が――父上の一番の友だった貴様が、なぜ父上を捕縛した! なぜだ!!』
ヨルムンガルドの、血を吐くような怒りと悲しみが、雷神トールを通して伝わってくる。
なぜヨルムンガルドの父を捕まえたのか、分からないのに、凄く悲しい。
後悔している。
「だからどうした!」
世流の怒鳴り声で、徹はフッと我に返った。
「トール神が、どんな気持ちで父上を捕縛したか――貴様に分かるまい! あの男が、どれほど嘆いていたか……」
徹は目を見開き、小さく息を呑んだ。
「世流……」
その時、姿無き男の笑い声が響いた。
「なんと愚かな。邪神ロキの息子でありながら、父親の仇を恨むどころか、逆にほだされるとは! あなたは所詮、卑しい魔物でしかないのですね!」
その言葉に、徹は激しい怒りを覚えた。
「世流は卑しい魔物なんかじゃない!」
怒声を上げた徹は、とっさに世流の前に走る。
「な、徹!?」
驚く世流を背に、見えない相手を探し、虚空に向かって叫んだ。
「ヨルムンガルドは、雷神トールにとって、最高のライバルだった! 例え敵同士になっても、それは変わらない。お前なんかが、勝手な事を言うな!」
『黙れ!』
男の声が辺りに響き、校舎を囲む木々がザワザワと騒ぐ。
『無力な人間に堕ちたお前が……私に楯突くな!』
なおも見えない男の姿を探して、緊張した徹は、キョロキョロと周囲に目を向ける。
「危ない!」
叫び声と同時に、世流の体が徹に覆い被さった。
「グゥ……ッ!」
「世流!?」
何が起こったのか、突然の風圧と共に世流の背中で道着が裂け、真っ赤な血が飛び散る。
カマイタチと言うのか、見えない攻撃が世流の背中を切り裂いたのだ。
世流の体が、力無く徹にのし掛かる。
「世流! しっかりしろ、世流!」
「ッ……だ、大丈夫だ」
『ヒヤァ、ハッハッハッハッ! ヒーッ、ヒャヒャヒャッ!』
不意に男の甲高い笑い声が上がり、徹は何も見えない空間を睨み付けた。
『ただの人間と成り下がった宿敵を、身をていして守るとは……愚かにもほどがありますね?』
嘲笑う相手に、徹は抑え切れない怒りを向け、歯を食い縛る。
憤りに握り締めた拳が、ブルブルと震えた。
『世界を取り巻くほどの大蛇だったあなたも、非力な人の子と成り下がりましたか! 醜悪な魔物だったクセに、今では敵に尻尾を振る、ペットと同じではないですか!』
嘲笑と共に世流を罵られ、もう徹は堪忍袋の緒が切れた。
「世流を――馬鹿に、するなぁ!!」
徹が激昂する。
その瞬間、徹を中心に空気が爆発した!
「徹!?」
膝をついて座っていた世流は、驚きの声をあげ、そのまま瞠目した。
世流と男の間に立った徹の体から、濃密なエネルギーが陽炎のように立ち上っている。
突然徹の髪が腰まで伸び、内から溢れるエネルギーに煽られ、空中に舞う。
『なっ、なぜ貴様が、そんな強い神気を――!?』
虚空を睨んでいた徹は、一度ゆっくり目を閉じる。
さっきまで混乱していた記憶の欠片が、一つの絵に戻るかのように、少しずつ収まっていく。
中でも重要な位置に来るのは、やはりヨルムンガルドとの記憶だ。
目を開いた徹が、空中に浮かぶ影を睨み付ける。
きっとそれが、散々世流を侮辱した男だ。
「俺とヨルムンガルドは、最高のライバルだ。敵も味方も関係ない。それを――お前は愚弄した! 絶対に許さねぇから、覚悟しやがれ!!」
影が悲鳴を上げた。
『タカガ人間ガ! タカガ人間ガァ!』
狂ったように喚いた影が、またカマイタチの風を飛ばして来た。
しかし徹が避ければ、世流に当たる。
攻撃は見えるのに、徹には弾く術もない。
どうすれば――
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