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6.戦闘開始
徹に向かってカマイタチが飛んで来る。
「徹……ゥ!」
「世流!」
徹はとっさに、動けない世流を抱き締め、背中に来るだろう攻撃を覚悟した。
その時
「光よ――!」
高らかな声が上がり、攻撃が何かにぶつかって弾ける音がした。
しかし徹にも世流にも、風が当たった衝撃は無い。
驚いた徹が振り返ると、白い長髪をなびかせた、白衣の背中が見えた。
「光先生……」
「えっ! えぇ~!?」
世流の呟きに徹が驚くと、光先生が肩越しににっこりと微笑んだ。
「……何とか間に合いましたね」
光先生の登場に動揺したのか、言葉にならない叫びを上げた影が、またカマイタチを起こす。
今度はいくつも――
「無駄です」
光先生が攻撃に向き直った時、真っ直ぐ前に構えた手に、金の十字架が光って見えた。
「その十字架は……」
「ロキ様にいただいたお守りです。私の神力を高めてくれるので、どんな攻撃でも防げます」
その言葉の通り、影が放つカマイタチは一つも徹達に届かず、髪を揺らす事すらできなかった。
『オノレェ……』
弱々しく叫んだ影は、一目散に上空へと逃げ出す。
空を飛べない徹達には、それを追う事ができない。
「あ、待て!」
「大丈夫ですよ」
勢いで走り出そうとする徹を、光先生がやんわりと引き止める。
どうして光先生は、そんなに落ち着いているんだ?
その答えはすぐに出た。
「逃がさないよ」
静かな声と共に、その人が指を鳴らすと、とたんに影の周りでバチバチッと火花が散った。
『ギャアァーッ!!』
絶叫した影が、赤い静電気のような光に包まれ、ゆっくりと落ちてくる。
「よくも僕の可愛い息子を傷物にしてくれたね?」
「……父上、その言い方はやめてください。物凄く嫌です」
呻く世流に、ゆっくりと木の陰から出てきた優人先生は、不敵な笑みを浮かべている。
「優人先生? 今のも、優人先生が――?」
「まぁね♪」
優人先生の登場で気が抜けたのか、苦痛に呻いた世流が、両手を地面に付き荒い呼吸をする。
「世流!」
「大丈夫ですよ、徹君。私が治します」
穏やかに笑った光先生が、左手で十字架のペンダントを握り、世流の背中に右手をかざした。
祈るように目を閉じた光先生の手が、緑色に発光し、世流の背中の傷を覆って行く。
すると痛みが無くなったのか、世流の呼吸が次第に穏やかになってきた。
「良かった……」
「惚けてる暇は無いよ、トール」
優人先生の言葉に振り返ると、10円玉のような赤茶色の物が徹に投げられる。
徹が両手で受け止めると、それは10円玉よりも少し大きい、ハンマーの形をしていた。
その柄の所に、小さく何かが書いてある。
普通ならただの記号にしか見えないそれは、徹の頭の中で繋がり、一つの文章になっていた。
「ミョル……ニル……」
ミョルニル
徹がその文字を言葉にした時、小さかったハンマーが突然発光し、みるみる大きくなっていく。
それは普通の金づちの大きさを越え、徹の体よりも一回り大きくなった。
『なぁ……ミョルニルだとう!? なぜそれが、ここに――!』
酷く慌てた影が、逃げようと暴れる。
しかしそれに比例して、赤い放電も激しくなり、より強く影を拘束する。
「逃がさないと言っただろう? さぁ、トール。それで世流の仇を打つんだ」
「まだ死んでいません」
劇役者のようにポーズを決める優人先生に、世流がいつも通りの冷静さで突っ込む。
どうやら元気になってきたらしい。
ホッとした徹は、なおさら影の男に対して、強い怒りを感じた。
もう前世がどうとかは関係無い。
ただ敵を打つのみ!
「ウオォーッ!!」
雄叫びを上げた徹は、巨大なハンマーを軽々と振り上げ、おもいっきり影に打ち下ろした。
影が二度目の絶叫を上げ、ハンマーに潰される。
地響きと共に起きた衝撃波が、木々や校舎の壁を揺らす。
立っていた優人先生も、バランスを崩して、おっとっと……とよろける。
「相変わらず君は……転生しても、まだ力の加減を知らないのかい?」
苦笑した優人先生が、指先で素早く、空中に記号のような文字を書く。
「冥界よりの脱獄者よ! ニヴルヘルへ堕ちろ!」
優人先生の命令と共に、空中の文字が一斉に飛び、影の男に纏わり付いた。
ハンマーの下から引き摺り出された影が、悲鳴を上げて暴れる。
『オノレェ……!』
地面に黒い穴が開き、文字の鎖で縛られた影が、最後のあがきと、赤い紐のような物を徹に飛ばす。
「徹!」
徹はとっさに動けず、間一髪の所で世流に突き飛ばされた。
しかし目標を失った紐は、狙いを変え、世流の首に巻き付く。
「な、世流!」
影を呑み込み、徐々に小さくなる穴の中から、下卑た笑い声が響いて消えた。
それから瞬きほどの間に、ハンマーが消えて10円玉サイズに戻った。
けれどハンマーだった物を拾う間も惜しく、徹は慌てて世流の肩を掴んだ。
「世流!」
「騒ぐな」
意外に元気な世流が、軽く徹の頭を小突いた。
赤い紐は、何重にも世流の首に巻き付いているが、それ以上絞まる事はないらしい。
見た目は、紐だけのネックレスのようだ。
けれど、いくら引っ張っても外れない。
「これは――呪いだね」
紐に触れた優人先生が、小さく呟いた。
「取り敢えず保健室に行こう。ここじゃあ、目立っちゃうからね」
そして移動した物の……
『これは、少しずつ神力を奪われる呪いだよ。解くには徹の力がいる』
そう言って、優人先生と光先生はさっさと出て行ってしまった。
ご丁寧に鍵まで掛けられ、徹と世流は二人っ切りで閉じ込められた。
「俺にどうしろって言うんだよ……なあ、世流」
同意を求めたのに、返事が無い。
「世流……?」
徹が振り返ると、世流は顔を真っ赤に上気させ、苦しそうな荒い呼吸を繰り返していた。
「世流! 大丈夫か? しっかりしろ!」
「と……る……」
虚ろな目をした世流が、上目遣いに徹を見詰め、すがるように徹の腕を掴む。
「どうしたんだ? 俺は何をしたら良い?」
「と……る……」
何かを言おうとしているのか、口を開いた世流が、苦痛に喘ぐ。
見ている方も辛くなるようだ。
「俺にできる事なら何でもする。だから、何でも言ってくれ」
「……ナン、デモ?」
「あぁ、何でもやる。俺は何をしたら良いんだ?」
頷く徹を見詰め、世流の目の色が変わった。
急に動いた世流が、徹を押し倒し、上から押さえ付ける。
「よ、世流……? 急にどうしたんだ?」
戸惑う徹を見下ろし、世流は熱に浮かされたようなぼんやりとした目を、ギラギラと光らせる。
熱い呼吸を乱す世流は、その赤く上気した顔とあいまって、どこか色っぽい。
世流がゆっくりと熱い吐息をつく。
「……徹ヲ、抱キタイ」
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