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10.秘密
「イタタタ……酷いじゃないか、光~」
半分涙目の優人先生が、頭をさすりながら、光先生に抗議する。
「保健室で遊んでいるからですよ、優人」
ついさっきまで、優人先生は慌てる徹と世流をカラカい、保健室の鍵をガチャガチャ鳴らしていた。
そこに光先生の鉄拳が下ったのである。
光先生は恋人にも容赦しないようで――優人先生は、かなり痛そうだ。
「……優人先生、大丈夫ですか?」
一応徹は、優人先生を気遣ってみたのだが……
「自業自得だ」
「そうですよ。優人なら、放って置いても、問題ありません」
息子と恋人からは、酷い言われようである。
口の悪い世流はともかく、穏和な光先生までがコレでは――日頃の行いが相当悪いのだろう。
「納得するんじゃないよ、徹君……」
顔に出ていたようだ。
「それはともかく……こうなったからには、全て説明する必要がありますね」
そう言った光先生が、人数分のお茶を入れ、優人先生の頭に氷の入った袋を乗せる。
なんだかんだ言って、やっぱり光先生は優しい。
「それじゃあ……どこから話したら良いかな?」
優人先生が軽く首を傾げると、氷が動いてカシャッと鳴った。
「……あの――世流に掛けられてた呪い、本当に解けたんですよね?」
徹には呪いについての知識なんか無い。
もしもまだ、世流に何かあったらと思うと、やっぱり不安なのだ。
「徹……」
「呪いについては、もう大丈夫だよ。君達が呪いの紐を引きちぎったから、それで終わりさ」
あの呪いは、紐自体に力が込められていたので、ちぎれると効果が無くなるらしい。
「……世流が変になったのも、呪いのせい?」
「変……と言うと、少しかわいそうだけど。――あの呪いは、世流の神力を少しずつ奪う物だとは、さっきも言ったよね?」
徹は頷く。
優人先生達の使った力――神力は、文字通り、北欧の神だった時の力らしい。
人間で言う『オーラ』のような物だと、優人先生は説明する。
「普段は特に使う事の無い力だけど、コレが無くなると、貧血を起こした時のような症状が出る」
それと同時に――足りない神力を補おうとして、もっとも身近なエネルギー、つまり『熱』が上がってしまうらしい。
「人間は病気になると、人恋しくなるだろう? 高熱で理性の働かない世流は、その対象として、ずっと片思いしていた徹にすがったんだ」
淡々と説明する優人先生に対し、世流はバツが悪そうに顔を背ける。
心なしか、世流の顔が赤くなっていた。
「僕が呪いを解く事もできたけど、時間がかかってしまうからね。光には、呪いは解けないし……徹にやってもらうのが、一番だったんだよ」
飄々と言う優人先生に、徹は首を傾げる。
「俺? けど俺は、呪いの解き方なんて、知りませんよ?」
それに答えたのは、光先生だった。
「雷神トールは、力の神でもあったんです。だからトール神の転生である徹君なら、神力で呪いを破れると思ったんですよ」
「俺の神力……?」
そう言われても、徹には神力を使った自覚がない。
「神力を引き出すもっとも手っ取り早い方法は、興奮する事――さっきの場合はセックスだね」
さらりと言われた言葉に、徹の羞恥心が爆発して、顔を真っ赤にする。
それとほぼ同時に、世流と光先生が、他方から優人先生の頭を叩いた。
「イタッ」
「徹を困らせるな」
「もう少しソフトに言ってください」
世流と光先生に睨まれた優人先生が、小さく「ウゥ……」と唸る。
「今さら、恥ずかしがる事も無いだろう? 呪いも解けるし、世流の片思いも成就する。まさに、一石二鳥じゃないか。ね?」
ウインクまでする優人先生に、徹は言葉が出なくなったらしく、口をパクパクと動かす。
「……徹? 取り敢えず、呪いの事は、もう分かったか?」
一応徹を気遣いながら確認する世流に、徹は複雑な顔で頷く。
分かったような、分からないけど、これ以上聞きたくないような……
「他には、何が聞きたいんだい?」
優人先生に促された徹は、羞恥で停止しかけた脳を働かせる。
「えっと……あの影みたいなのは、一体、何だったんですか?」
あの影のような男も、特殊な攻撃をしてきた。
一体、何者なんだろう?
「あれは北欧神話に置ける冥界――ニヴルヘルを脱走した、元巨人族だよ。名前はスリュム」
スリュム――
その名前が、徹の琴線に触れた。
前世の昔――雷神トールのハンマーを盗み、交換条件として、フレイヤと言う女神を妻に要求した男だ。
そして――ある奇策でハンマーを取り戻したトールと戦い、死んだはず……。
「それじゃ、あれは……幽霊って事?」
首を傾げる徹に、優人先生が頷き、クスクスと笑い出す。
「ヤツは、君を――と言うか、君の前世のトール神を逆恨みしていたんだよ。君が女装してハンマーを取り戻したから――ククッ」
「それは言わなくてもいいです!」
あの筋骨隆々な大男が、フレイヤの代わりに花嫁衣装を着たんだ。
そりゃ、笑えるだろうけども――
前世の事とは言え、徹には恥ずかしい。
「――けど、死んだはずのスリュムが、なんでここにいるんですか? その――ニヴ、ル……ヘル……だっけ? そこにいるはずですよね?」
言い慣れない名称に少し噛みつつ、徹が質問する。
「それが……どうも脱走したようなんだ」
「脱走?」
また首を傾げる徹に答えたのは、光先生だった。
「私達にも、まだ詳しい事は分からないのですが……誰かが召喚術を使ったようなんです」
「召喚術って、あの――ゲームとかで、魔法使いがするやつですか?」
優人先生が頷く。
「何を召喚しようとしたのかは、分からないけどね。その影響で、ニヴルヘルに穴が開いてしまったんだよ」
つまり、ニヴルヘルと徹達の世界を繋ぐトンネルができてしまったらしい。
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