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第2案:後編
心底不思議そうに俺を見下ろしているその目は、まるで俺が言っていることは常識外れだと言いたげな。……そのくらい、戸惑っている。
井合課長は腕を組み、偉そうに立ち尽くす。
『お前、俺様がこの課でどういうポジションなのか。……当然、分かってるよな?』
『課長、ですよね』
『なんだ、分かってるじゃねーか』
『……それが、なにか?』
井合課長の言いたいことが分からず、俺は眉を寄せた。
だと言うのに、なぜか井合課長はそんな俺を見て、むしろ眉を寄せている。
『いいか、クソ童貞。ここは企画開発課だ。そして、俺様はその課長──つまり、トップってことだ。この課を国に見立てるなら、俺様は王様ってことになるよな? ここまでは、チンカス程度の脳みそを持つお前でも理解できるか?』
色々と物申したいことはあるが、俺はなんとか頷いてみせた。
すると、井合課長は続ける。
『王様は、絶対だ。だが、国民がいなければ賤民以下のゴミだろう? 私腹を肥やすのも、好きなことをするのも……結局は、国民がいないとできないんだからな。……違うか?』
『はぁ……っ?』
『つまり、だ。この課に入ったのなら、お前は俺様に絶対服従すること。それは決定事項だ。なぜなら、俺様は王様だからな!』
『……すみません、課長。要領を、得ません』
課長が自身のことを王だと思っているのは、理解した。しかし、それと俺がどう関係してくるのかが分からない。
井合課長はやれやれといった様子で肩を竦め、俺に向かって指を指す。
『──俺様を崇め、崇拝信仰するのなら! 俺様は全力で、お前を守ってやる! なぜならお前は【企画開発課という国の民】で、俺様は【企画開発課という国を治める王】だからな!』
それは……あまりにも、横暴な持論だ。理屈が分かりそうで、分からない。
……なのに、なぜか。
『──っ』
──どうしてか、俺の胸は……熱く、なっていた。
営業課で、要らない物のように扱われていたのは事実だ。
上司から毎日のように小言を言われ、遠回しに『いつ退職するのか』と言われたこともある。
営業先でミスをしたって、フォローなんて温かなことをされた経験はない。
けれど、この人の発言はどうだろう? この人がドヤ顔を披露しながら高らかに言いのけた言葉は、いったいなんだ?
──この人は、以前までの上司とは違うのだ。
きっと、課の誰かがミスをしたとしたら。この人は全力で、フォローをする。全力で部下を庇って、全力で状況を好転させるのだろう。
たったそれだけのことが、どうしてこんなにも胸に響くのか。俺には、分からなかった。
呆然としている俺を見て、井合課長は怪訝そうな視線を向ける。
『どうした? マスかきすぎて、腹でも冷やしたのか?』
『俺、この課で使える部下か……分かりません、よ?』
思わず、そんな弱音を吐いてしまう。
それに対して……井合課長は、笑みを浮かべた。
『馬鹿だな! そういうのをフォローして、信じてやるのが、俺様の役目だろう? お前は、自分のことだけを考えていればいいのさ!』
突然、井合課長は俺にデコピンをする。思わず目を閉じてしまい、慌ててすぐに開く。
──その瞬間、俺の運命が変わった。
『──俺様はお前が思っているよりも寛容な男なんだよ!』
そう言って笑う井合課長が。……あまりにも、眩しかったのだ。
低身長で、発言のほとんどが下ネタで、小学生みたいな見た目と言動のくせに、小学生よりもタチの悪い、そんな人。
あの日、初対面でセクハラ紛いの発言を繰り返してきた井合課長に。
……俺は、恋をした。
第2案【きっかけは単純でした】 了
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