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第3案:後編

 いったい、なにをどう解釈したのか。  俺の好きな人は、なぜか謎のコラボを実現しようとしている。  そしてこの人なら、一時間もあれば作ってしまうのだろう。馬鹿だけど天才だから、その速度で実行できてしまうのだ。  と言うか、井合課長と同じ具合のオナホなんて。当然、作ってほしくはない。  ……というのが俺の本音なのだが、言ってもこの人は止まらないだろう。  井合課長はブツブツとなにかを呟いていたかと思うと、唐突にパァッと明るい表情を俺に向ける。 「さすがクソ童貞! 悔しいが、ナイスな功績だ! お礼に、俺様がオナホを完成させた暁にはお前だけにプレゼントしてやろう!」 「要りません」 「ハーッハッハッ! 照れるな、クソ童貞! お前が俺様に限りなく近いオナホを使ったところで、結局お前に張り付いたレッテルは【クソ童貞】のままだからな!」 「要りません」  玩具で具合を知るよりも、俺は井合課長本人で知りたい。……と言ったところで、伝わらないのは分かっているが。  井合課長が満面の笑みで俺を見上げていると、後ろに人影が現れた。 「井合。あまり部下を困らせるな」  現れたのは、企画開発課の企画課課長──増江(ますえ)(じん)課長だ。  百九十センチを超える増江課長は、子供を抱き上げるかのように井合課長の腋に手を差し込んで、ヒョイと小柄な体躯を持ち上げる。 「うわッ! 増江、やめろッ!」 「井合こそ、職員全員にセクハラするのをやめたらどうだ?」 「セクハラだと? どう見てもれっきとしたコミュニケーションだろうがッ!」  短く刈り上げた黒髪に、鋭い目付きとガッシリとした体躯。パッと見、増江課長は凄く怖い。  けれど、井合課長を抱き上げているせいなのか……凄く、父性感が強くなっている。  増江課長は井合課長を抱き上げたまま、俺を振り返った。 「鳴戸、いつも井合がすまないな」 「いえ」  申し訳無さそうに頭を下げる増江課長は、とても井合課長と同い年には見えない。  ジタバタと暴れる井合課長を回収して、増江課長は事務所から出て行く。おそらくこの後、会議があるのだろう。 「この右手が恋人野郎ッ! 俺様を拉致監禁して、今晩のオカズにするんだろーッ! エロ同人みたいにッ、エロ同人みたいにーッ!」 「井合の体には欠片も興味が湧かないな」 「少しは興味を持てよ馬鹿ーッ!」  割といつもの光景である一部始終を見届けた職員たちは、各々の作業に戻っていく。当然俺も、パソコンに新商品の詳細を打ち込む作業へ戻る。  ──心は、穏やかではないが。 「俺は本当に、心が狭いなぁ……っ」  思わずポツリと、言葉を漏らしてしまう。  井合課長と増江課長は、幼馴染みらしい。いつぞやの飲み会で、そう話しているのを聞いた。  だから、増江課長が井合課長を抱き上げるのにはなんの下心もないはずだ。ただ純粋に【会議に遅れるから、回収しているだけ】だ、と。……そんなこと、わざわざ言われなくたって分かっている。  それでも、俺はモヤモヤしてしまう。  ──井合課長が名前を呼ぶのは、増江課長だけなのだから。 「……仕事、するか」  考えたって、仕方がない。  俺はみっともない嫉妬心を頭の片隅に追いやり、キーボードを手早く叩き始めた。 第3案【ヤキモチだなんてとんでもない】 了

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