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第4案:後編
全自動ということは、自分はなにもしなくていい。
──つまりそれは、穴を開ける際【子供がパンチ部分で怪我をする心配がない】ということだ。
井合課長は相変わらず、無邪気な笑みを浮かべて俺を見ている。
「というのは、勿論建前だけどな!」
「……と、言いますと?」
まさかの、一蹴。アピールポイントが泣いてしまいそうなほど素早い掌返しだ。
井合課長は俺の問いに、小さな胸を張って、高らかに宣言した。
「穴開け作業が面倒くさいから、合法的に商品化して事務所に普及させたいだけだ!」
つまるところ、この商品は【誰か】のために考案したのではなく、完全なる私利私欲。……つまり、職権乱用ということか。
……一瞬でも見直した俺が馬鹿だった。
井合課長は、頭がいいのは確かだがせっかちで、無駄を嫌う。資料の作成が多いこの課で、穴開け作業は必須だった。それを簡略化するのが、本当の目的らしい。
思わず冷たい視線を向けると、井合課長が戸惑ったように俺を見つめ返す。
「なっ、なんだよ? その、エスエムクラブでマゾ豚にエス嬢が向けるような目は……っ?」
「自分が楽をするためだけに、立場を利用して商品を開発したのですね……」
俺の言葉に、井合課長は目を丸くする。
──瞬間、腹を抱えて笑い始めた。
「ハーッハッハッハ! なにを言い出すかと思えば、くっだらねーッ!」
「はいっ?」
「馬鹿だな、お前! そもそも、商品の開発なんてのはな? 未来の自分がいかに楽をできるか! そのためだけの布石なんだよ!」
そう言って八重歯を覗かせて笑う井合課長は……悔しいけど、凄く可愛くて。凄く、頼もしく見える。
井合課長の言い分は、的を射ていた。少なくとも、俺にはそう感じられる。
だからこそ、この人は実力で出世したのだ。……そう、認めざるを得ない。
井合課長は俺のデスクに腰掛けると、口角を上げたまま俺を見下ろした。
「自分の手で書類を作成するのが面倒だから、パソコンを使っているだろう? 自分の手でうちわを仰ぐのが面倒だから、扇風機やらクーラーで涼んでいるだろう? 手書きでこっぱずかしい恋文を書くのが嫌だから、機械を使って愛のなんたるかを無機質な画面で伝えるだろう? 過去の発明家も、楽することだけを考えていたのさ!」
そうじゃない発明家もいるとは思うが……極論ではあるけれど、それも正解なのかもしれない。
井合課長は結局、立派な発明家の一人なのだ。
「本当に、狡いよな……」
眩しく輝き続けて、俺を捉えて離さない。
俺からのアプローチには真剣に取り合ってくれないくせに、俺が仕事で行き詰っていたら嫌な顔ひとつせずに、ヒョイと助けてくれる。
結局のところ、どう足掻いたって……。
──俺は、この人が好きなのだ。
井合課長は俺のデスクから下りると、小さな体を精一杯伸ばして、体の筋肉をほぐす。
「あ~……っ! 今日の会議は特に疲れた! 増江みたいな堅物揃いは、面倒で仕方無いな!」
「でも、完全勝利したんですよね?」
事務所に入った瞬間に井合課長が叫んでいた言葉を思い出し、訊ねる。
俺の問い掛けに、井合課長はニンマリと笑って、答えた。
「おう! 俺様の提案を見事、あの場に居合わせた全員に承諾させてやったぜ!」
……ん? 井合課長の、提案?
嫌な予感がして、俺はパソコンをシャットダウンした後……自分のデスクへ向かった井合課長に、問い掛ける。
「なにを、提案したのですか?」
井合課長は変わらず、ニンマリと笑ったまま。
あまりにもおぞましいことを、サラッと答えた。
「──アダルトグッズを開発している会社との提携さ!」
先程までの頼もしい井合課長が一瞬にして消え去っていく感覚に、俺はガックリと肩を落とす。
──ヤッパリ、早まったなぁ、なんて……。そんなことを、考えつつ。
とんでもないことを会議で妥結させたくせに、相変わらず【笑顔の井合課長】は、とてつもなく可愛い。
そう思ってしまう俺は、本当にどうしようもないな……。
第4案【残業なんて御免です】 了
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