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第6案:後編
井合課長の目的は、アダルトグッズの開発ではないのだ。
──本当の目的は、知人の手助け。
俺たちの会社で商品を開発し、それを知人の会社で販売する。かなり博打のような試みだが、井合課長には自信があるのだ。なぜなら、普段の行いはどうあれ、井合課長は【天才】だから。
井合課長が開発した商品は、必ずヒットする。特許申請をしてもいいようなレベルの商品を開発したことだってあった。
けれど、結局はこの会社の職員だ。個人的に付き合いのある相手だとしても、井合課長が個人的に商品を開発して詳細なデータを渡すのは、規約違反だろう。
だからこそ、会議で締結させたかったのだ。そうしないと、井合課長が全面的に知人の会社をサポートできないから。
井合課長の真意を知り、俺は。……俺はあまりにも、自分が恥ずかしい。
てっきり、アダルトグッズの企画開発を堂々と行いたいがために締結させた提案だと。この人をそう、本気で思っていたからだ。
デスクへ向かう井合課長が、不思議そうに俺を振り返る。それは、俺が給湯室で立ち止まったままだからだ。
「クソ童貞、どうした?」
「すみません、俺……っ。井合課長のこと、誤解していました……っ」
井合課長は、偉大な上司。それは、井合課長を好きになったあの日から、気付いていた。
大らかで、寛容で、素晴らしい。だからこそ上司として憧れ、人として焦がれた。
──なのに俺は、好きな人を【上辺だけ】で見てしまったのだ。
そんな俺の心情を全く知らないであろう井合課長が、マグカップを片手に持ったまま、トコトコと給湯室へ戻ってきた。
「好きな女が自分の親友とセックスしてる現場を見た高校生かよ。酷い面だぞ、クソ童貞。『いっそ乱交しようぜ!』くらい言えないのか? んん?」
「すみません……」
「マジかよ、相当落ち込んでるな」
──そのまま井合課長は、予想外のことを口にする。
「──そんなお前に、俺様が王命を下してやろう」
今日、初めて見た。……井合課長の、笑顔。
井合課長は笑みを浮かべて、俯く俺を見上げていた。八重歯を覗かせて、ピョンと立ったアホ毛が動き出しそうなほど、眩い笑顔だ。
好きな人のそんな顔を見て、なにが言えるだろう。俺は思わず、井合課長に見惚れてしまった。
勿論、自分がぽけ~っと見惚れられているなんて気付いていない井合課長は、笑みを崩さず言葉を続ける。
「明日の会議で、提携についてもう一度議論する場を設けるよう、提案するつもりだ。遅くても一週間後には、会議を開かせる」
「は、い……?」
「その間、お前は俺様の羊だ」
マグカップを流し台に置き、井合課長は満面の笑みを浮かべたまま、自分より断然背の高い俺の顔を指で指す。
まるで、指図するかのように。
「お前の、一挙手一投足! 自身が呼吸することすらも、俺様のためだと思え! これは、お前にだけ与える王命だ!」
「は、いっ? ……え? 抽象的すぎて、よく分かりません……っ?」
「今から説明する! 焦るな、早漏!」
──解せない。
という言葉はなんとか飲み込み、俺は井合課長を見下ろした。
井合課長は指を指したまま、ニヤリと不敵に、口角を上げる。
「──一週間後の会議で、その場に居る全員が納得するような商品をお前が提案してみせろ!」
──それは、小さな王様が下した。
──あまりにも大きな、命令だった。
第6案【俺は貴方の羊です】 了
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