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第11案【報連相は大事ですよね?】 前編
二人で事務所に戻る途中、井合課長に誘われるがまま。俺は、事務所と同じ階にある備品室に向かった。
扉を閉めて、数分後。……俺は衝撃の事実に、思わず大声を出してしまう。
「──あの栄養ドリンクを水の代わりに用意したんですかッ!」
井合課長がどうして、一時間も早く会議室に向かっていたのか。その理由が、この場で明かされたのだ。
無色透明で、強烈な謳い文句とパッケージをした、例の栄養ドリンク。あれはどうやらもとより、俺のために買ってきた物じゃなかったらしい。
井合課長は小さな胸を張って、高笑いし始める。
「ハーッハッハッハ! 奴等『こちらの我儘で開いた会議ですもの。飲み物くらい用意させてください』ってセリフ、まんまと信じたんだぞ! 馬鹿だよな~っ! 男が『俺にはお前だけだ』ってセリフを言って、鵜呑みにする女なんか毛ほどもいないって言うのによ!」
「──まさか、反対の意思表示に【起立】を指定したのは……っ!」
「──勃起した状態で起立できる奴なんていないだろっ?」
清々しいほどに、あくどい。最低だ。
普通、栄養ドリンクと水を間違う人なんて、いないだろう。臭いとか味とかで、本来なら気付くはずだ。
……まさか、臭いと味の加工を? 嘘だろ? でも【この人ならやりかねない】という、妙な信頼感がある。
井合課長は俺を見上げて、満足そうな笑みを浮かべた。
「それにしても……あんな突飛な物、よく考えついたな?」
そう言って笑う井合課長を見下ろして、俺は眉間に皺を寄せる。
「──本当は、誘導していませんでしたか?」
俺の言葉に、井合課長がわざとらしく小首を傾げた。あざとくて可愛いけれど、今はほだされている場合ではない。
井合課長と言い合いをした、あの日。……俺は、泣いてなんかいなかった。
──なのに、井合課長はティッシュを差し出してきたのだ。
思えば……与えられた職員の情報も、偏ったものばかりだった気がする。頭の固い俺にも思い付くよう、誘導していたとしか思えない。
俺を見上げたまま、井合課長は笑う。
「人をコントロールするなんて芸当、俺様にできるわけがないだろう?」
「前回の会議だって平静さを──」
「なぁ、クソ童貞」
瞬時に、井合課長の顔から笑みが消える。あまりにも真剣な眼差しに、俺は息を呑んだ。
「俺様が今回、お前に協力を要請した真の理由。……知りたいか?」
「真の、理由……っ?」
俺を引き合いに出して、課長たちを油断させたかったから。それが、今回俺がキャスティングされた理由だと、思っていた。
けれど、別の理由があるなんて……。欠片も思い浮かばなかった発言に、俺は目を丸くした。
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