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第11案:中編
井合課長は腕を組み、俺を見上げた。
「汚名返上、名誉挽回。……なんて。大それた言い回しだが、俺様の目的はそれだ」
俺を見上げる井合課長を、今は『可愛い』と思えない。こんな顔を見せられたら、当然じゃないか。
「──お前は、最高の部下だ。それを否定する奴は、元上司であってもこの俺様が許さない」
──道を照らし、導いてくれる王様のような。自信に満ち溢れた笑顔が、どこまでも眩しい。
なにも言えない俺を見上げたまま、井合課長は笑みを浮かべ続ける。
「ハハッ! どうだっ? 俺様に惚れ直したかっ、んんっ?」
「井合、課長……っ」
あまりにも狡い、言い回し。
思わず俺は、素直に頷いてしまう。
「──はい……っ。数分前までよりも、断然……貴方に、心を奪われています……っ」
泣きそうになっている自分が、情けない。こういう時こそ、真剣にアプローチしないでどうするのだ、俺は。
『好きだ』とか『愛している』とか。そんな言葉じゃきっと、自信過剰を体現し続けているこの人には、伝わない。
けれど、適切な言葉が出てこなくて。……それがただ、ひたすらに悔しい。
眼鏡の下に指を入れて、瞼の上を圧迫する。
そうして視界が遮られた中、井合課長の声が聞こえた。
「──最近、口説かれていなかったからな、うん。……久し振りにお前から好意を告げられると、くすぐったくて堪らんな」
瞼から手を離し、慌てて井合課長を見つめる。すると既に、井合課長は俺を見てはいなかった。そっぽを向いて、俺に横顔を向けている。
──おかげさまで、耳まで赤くなっているのが丸見えだ。
「……なんだ、早漏童貞め。ジロジロ見て」
「えっ、あ……っ。井合課長、今、なんて……っ?」
「難聴系主人公は、現実だと嫌われるぞ」
唇を尖らせている井合課長は、不満げな表情で俺を見上げた。頬も、ヤッパリ赤い。
──ヤバイ、ぞ。
いや、ヤバイって、なにがヤバいんだ? いやいや、どうした俺の語彙力! なんで突然霧散した! 帰ってこい、帰ってこーいッ!
内心ではかなり焦っているが、なにか言わなくては。きっとこれは、大きなチャンスだ。
いつもは受け流されていたが、今なら……真剣に、取り合ってもらえるのではないか。そんな気がする。
俺は井合課長の肩を掴み、顔を近付けた。
「井合課長、あのっ! 増江課長のこと、どう思っていますかっ?」
「ハァ? 増江? 右手が恋人なド変態野郎だが……なんで今、それをわざわざ訊く?」
「今日の、審議会! ……増江課長のために、開いたんですよね?」
経営難に直面している会社。それが、今回提携すると可決された企業だ。
増江課長にとっての大切な人が、経営者。だから井合課長は『なにを賭してでも助けたい』と。そう、言っていた。
つまり『増江課長のことが大切だから助けたい』と。そういう下心があったのではないかと、俺はずっと考えている。
同性で幼馴染を好きだなんて、ただの部下である俺には言い辛いかもしれないが……それでも、モヤモヤしたままは嫌だ。
至極当然の問いに、井合課長は眉間に皺を寄せる。
「お前……。なにか、アホな勘違いをしていないか?」
「『勘違い』ですか?」
「まさかとは、思うが……っ。俺様が増江を好きとか、そんな誤解はしていないよなっ? なぁっ!」
途端に井合課長が青ざめた表情に変わったのを見て、今度は俺が小首を傾げた。
「だって『なにを賭してでも』って……えっ?」
「それはそうだろう!」
言っている意味が分からない。さらに困惑しだす俺を見上げて、井合課長はとんでもないことを告げた。
「──経営者は【増江の父親】なんだから、増江家に恩を売るにはもってこいだろうが!」
えっ?
……なん、だって?
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