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回想 終
「うん、凄く美味しいです。」
大きく一口、アップルパイを頬張ると本当に嬉しそうにそう言う蒼牙。
「良かった。作った甲斐がある。」
私が『美味しい』と伝えたときには少し照れくさそうだった悠さん。
今はその時の笑顔とは違う、何とも言えない幸せそうな表情を見せている。
「蒼牙、私にももう一口ちょうだい?」
ほんの悪戯心でそう伝えれば、少しだけ蒼牙がムスッとした顔を見せる。
「ダメ、これは俺の。ナオはもう食べたでしょ。『一番』に…」
一番、と言ってまた落ち込む姿が可笑しい。
同時に独占欲丸出しの言葉が心をほっこりと温かくする。
本当に嘘みたい。
人当たりがよくて、誰にでも平等で。
彼女の手作りであっても、昔の蒼牙なら気にせず友人や私に分けていた。
『自分のもの』とか『渡したくない』なんて素振り全く見せなかった、あの蒼牙が。
一番に『美味しい』と伝えられなかった、ただそれだけの事でこれほど凹むなんて。
「お前のその心の狭さ、何なの」
「何と言われても、こればかりはどうしようもないです…」
残りのアップルパイをモグモグと食べながら相変わらず子供のようなことを言う。
「そうか」とクスクスと笑う悠さんの瞳は凄く優しくて。
悠さん、自分が今どんな顔してるか分かってないんだろうな。
人が人を愛しく思っているときは、こんなに穏やかで優しい顔になるんだ…そう思わせる表情。
その顔を向けられている蒼牙もまた、本当に幸せそうで。
うん、見ている私が照れくさくなってきた。
蒼牙と悠さんにレンカさんからのお土産も渡せたし、そろそろお暇しよう。
「じゃあ、私そろそろ帰りますね。悠さん、アップルパイごちそうさまでした。」
丁寧に頭を下げれば、悠さんが「あ、少し待って」と席を立ちキッチンへと向かった。
「ナオ、家まで送るよ。」
「ありがとう、でも大丈夫だよ。」
「ダメ。もう暗いから送らせて?」
蒼牙は蒼牙で、立ち上がってパーカーに袖を通し始める。
その優しい口調は昔から変わらない兄のもので。
「分かった、ありがとうね。」
お礼を言って素直に甘えることにすれば、「ん、いいこ」と優しく頭を撫でられた。
ほんと…こういう所は変わらないんだから。
昔と同じ蒼牙の態度に、気付かれないようにクスリと笑みを溢した。
キッチンからはガタン、カタン…と音がしていて。
暫く待っていれば悠さんが紙袋を手に戻ってきた。
そうして蒼牙にそれを手渡すと、ニコリと綺麗な笑顔を見せた。
「ナオちゃん、レンカさんにお礼に持って帰ってくれる?」
「!!??」
「え…それ、もしかして」
「うん、アップルパイ。少ししかないけど、ナオちゃんとご両親が食べる分くらいはあるから。」
「!!!???」
やばい、蒼牙がめちゃくちゃ面白い顔してる。
「フッ、あの、蒼牙が…」
笑いが溢れるのを口を抑えて堪え蒼牙を指させば、悠さんはニッと口角を上げた。
「大丈夫。良いよな?蒼牙」
「……う………」
「な?」
「……はい…」
有無を言わさない悠さんの笑顔と、消え入りそうな蒼牙の声。
その様子があまりにも可笑しくて。
「ふっ、ふはっ!あははは…!!」
とうとう我慢できずに吹き出してしまった。
「ナオ笑いすぎ!兄ちゃん泣くよ!?」
「だ、だって…フッ…あははは!!」
涙を指で拭いながら二人を見つめる。
めちゃくちゃ不本意そうな蒼牙と、私と同じように大笑いしている悠さん。
ああ、本当に。
蒼牙が悠さんと出会えて良かった。
蒼牙の『特別』が貴方で良かった。
あの日、自分が願った祈りがこうして叶っていることに、感謝せずにはいられなかった。
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