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帰国2

「ねぇ、遠慮してくれても良いんだけど?」 6月。 明日はいよいよ悠さんのご両親との食事会の日だ。 喜びと同じくらいの緊張を胸に働いていると、よく見知った人物が客として現れた。 突然の来店に驚きはしたが、プライベートと仕事は別だ。 丁寧に接客をしテーブルに案内すると、彼は一人で黙々と食事をし、時々品定めをするように俺の方を見てきた。 その容姿からホールを回っていた女性従業員に密かに騒がれていた彼は、支払いのカードを差し出しながら憮然とした表情で口を開いた。 「お久しぶりですね、朔弥さん」 ニッコリと微笑みながらカードを受け取り、彼の名前を呼ぶ。 悠さんの弟である朔弥さんは、たまに俺たちの前に現れては相変わらずのブラコンっぷりを発揮し、悠さんに抱きついたり甘えたりしている。 その度に俺の額に青筋が浮くけれど、「兄さんの恋人の座は譲ってあげたけど、俺は弟。なんで遠慮しないといけないのさ」と弟特権を振りかざして笑われた。 元々悠さんへのスキンシップはあったけど、今では俺への嫌がらせの方がメインだよな…と感じているのは、多分悠さんも同じはずだ。 カウンターを挟んで立つ、中性的な顔立ちをまじまじと見つめれば、片眉を上げて「何?」と怪訝そうな声が返ってきた。 緩やかなパーマがかかった少し長めの髪を無造作に掻き上げ、真っ直ぐに見つめ返してくるのに、カードと利用明細を手渡しながら口を開いた。 「いや。改めて見ても、悠さんとは顔立ち違うなと思って。」 「兄さんがカッコいいのは知ってるし、俺が綺麗な顔なのも知ってるから。それより君、人の話聞いてた?」 「聞いてますよ。食事会のことですよね?」 『綺麗な顔をしている自覚あったんですね』という言葉は飲み込む。 俺に何か言いたい事があって来店してきたのは予想がついていただけに、やっぱりかと苦笑してしまった。 「久しぶりに兄さんとゆっくり過ごせると思ったのに、秋山くんまで来るって言うから興ざめなんだけど。」 ツンとした言い方は相変わらずで、悠さんの前で見せる屈託のない笑顔はここでは鳴りを潜めている。 「まさか。悠さんが『家族』として招待してくれたのに、俺が遠慮するわけないじゃないですか。なんなら、俺のことも『義兄さん』って呼んでくれても良いんですよ?」 朔弥さんらしい嫌味に笑顔で返せば、「死んでも呼ばない」とめちゃくちゃ嫌そうな顔をされた。 「というか、それを言うためにわざわざここに来たんですか?」 「そんな訳ないだろ。俺だってそんなに暇じゃないよ…はい、これ。」 嫌味を言うためだけに来店したのかと首を捻れば、折り畳まれた小さな紙を手渡された。 「なんですか?これ。」 「渡してくれって頼まれた。おかげで俺も君の働いてるところが気になったから、ついでだよ」 「どういうことですか?」 言われたことが理解できず聞き返すが、それ以上は言うつもりがないのか朔弥さんは扉へと向かう。 「ありがとうございました…またのご来店をお待ちしております。」 紙を片手に頭を下げれば、振り返った朔弥さんが「うん。料理も接客も悪くなかったよ」とニッと笑った。 顔立ちは似ていないのにその笑い方は悠さんと似ていて。 やっぱり兄弟なんだなと、おかしくなった。

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