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帰国3
Side悠
突然の帰国宣言から3週間。
今日は両親と蒼牙の初顔合わせの日だ。
…いや、違うな。
『初顔合わせになる日だった』が正しいな。
洗った顔をタオルで拭いながら、鏡に映った蒼牙を盗み見る。
朝は弱いくせに今朝は俺よりも早起きをし、モーニングコーヒーを淹れてくれた。
けれど、礼を言って受け取ればいつも緩んだ顔を見せるくせに、今日はどこか表情が硬い。
それだけ今日という日を緊張して迎えているのだろうと思うと、よしよしと頭を撫でてやりたい気持ちになる。
けれども一方で、いつも余裕そうにしているコイツがこれほど緊張しているのが面白くて、さっきからコッソリと顔を見ては内心笑っているのは秘密だ。
それにしても…
「それで?思い出せそうか?」
「駄目です…完全なる不意打ちで、正直なところ来店されていた日を告げられても思い出せる気がしません。御夫婦のお客様って結構多いですし…」
うーん…と眉間にシワを寄せる蒼牙に申し訳ない気持ちになる。
「悪いな、うちの両親がこんなで。」
「え?いや、全く悪くないですよ。むしろ会いに来て下さったことは嬉しいんです。ただ俺が思い出せなくて歯痒いだけで」
そう言ってまた目を瞑り考え込む姿に、胸が温かくなる。
コイツのこういうところが愛しくて堪らない…というのは本人には伝えないが、蒼牙の好きなところの一つだ。
「悠さん、ご両親の写真見せて下さい!」
「なんだ、急に」
昨夜、仕事から帰ってきた蒼牙が挨拶もそこそこに詰め寄ってきた。
いつもとは違うその様子に圧倒されつつも素直にスマホの画像を漁り、以前送られてきた渡航先での両親の画像を蒼牙に向けた。
「………………………」
「…………蒼牙?」
無言のまま画像を見つめる蒼牙を呼べば、困ったような、泣きそうな顔を向けられた。
「…………どうしよう悠さん。俺、全然覚えてない…」
「は?」
迷子の子犬のようにシュンとしたまま、蒼牙がポケットから一枚の紙を取り出した。
「なんだ?これ」
「今日、朔弥さんから渡されました…」
「朔弥から?」
思いがけない返しに頭の中が疑問符だらけになる。
そうして受け取った紙には、よく知った文字が並んでいて…
「………………マジか?」
「それ、俺も言いました…」
手紙から顔を上げれば、揺れる蒼い瞳と視線が絡んだ。
「俺ご両親に気付かないまま接客しちゃった…」
「いや、そもそも顔を知らないんだから気付かなくて当然だろ。」
「でも何か粗相してたらどうしよう…」
「お前の接客を心配したことはない。だいたい、これ褒められてるし。」
本当に心当たりが無いらしく、目を閉じて難しい顔をしている蒼牙の頭を撫でる。
「…レンカさんの時も驚いたけど、サプライズ好きな世代なのかな…あぁ、でもレンカさんのは質が悪かったな…」
「これはこれでどうかと思うが…」
ゴニョゴニョと項垂れる蒼牙の肩にそっと手を置き、もう一度手紙に目を通す。
…やってくれた。
端的に書かれた文章は間違いなく母の字で、どんな表情でこれを書いたか想像できて苦笑が漏れた。
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秋山蒼牙様
突撃訪問のご報告です。
あなたの仕事はとても素晴らしかった。
料理も美味しくて、丁寧で満足のいくサービスを受けられました。
お陰様で充実した時間を過ごすことができました。
今度の休みに会えるのを楽しみにしています。
篠崎悠人
沙夜
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