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帰国4

マンションの最寄り駅から乗り継いでやってきたのは、以前会社の接待でも使用したことのある日本料理店だ。 予約しておいた時間よりも早めに到着し、先に個室へと案内してもらった。 落ち着いた雰囲気と手入れされた中庭、磨かれた廊下を進めば仄かな香の薫りに迎えられる。 通された個室には床の間があり、座布団も5枚準備されていた。 下座に並んで座れば、蒼牙がフーッ…と大きく息をついた。 「やっぱり緊張しますね。俺、変なところありませんか?」 もう何度目かの質問に笑いが溢れる。 「大丈夫、格好良いよ。」 何度目かの同じ答えを返せば、「悠さんもカッコいいです。」と微笑まれた。 その格好でその笑顔は反則だろ… 跳ねた心臓と顔に集まる熱を誤魔化すように咳払いをする。 ギャルソンの格好とは違う、あまり見ることのない蒼牙のスーツ姿。 蒼牙は俺の仕事着をいつも褒めてくれるが、正直スーツなんか見惚れるような物では無いと思っていた。 けれどいざこの姿を目の当たりにすると、なるほどこれかと納得してしまった。   「蒼牙」 「なんですか…いたっ!」 こちらに顔を向けた蒼牙の額にデコピンを入れる。 それほど強く弾いた訳では無いが、油断していたためかピシッと綺麗に決まってしまった。 「力抜いとけ。多分お前が思ってるような空気にはならない…いや、むしろなって欲しいくらいだから。」 「どういうことですか?」 蒼牙が少し赤くなった額を擦りながら聞いてくる。 朝から緊張している姿は十分堪能したし、そろそろその緊張から開放してやらないとな。 「あのな…あのじいちゃんとばあちゃんに育てられた母だぞ?」 「…………」 良く言えば大らか悪く言えばマイペースな祖父母の名を出せば、蒼牙の瞳が僅かに大きくなった。 その何かを察した様子にフッと笑ってみせる。 「な?だいたい想像通りだ。それに父さんも…」 「お父さんも?」 「うん、まぁ…会えばわかる」 「?」 言葉を濁せば蒼牙が首を傾げる。 口で説明するよりも、実際の人物を見たほうが早いこともある。 その時廊下からパタパタと小走りで近づいてくる音が響いた。 「ほら、来たぞ」 「あ、はい」 蒼牙が居住まいを正すのと、襖が開かれるのはほぼ同時で。 「悠!」 飛び込むように入ってきた母親と。 「沙夜さん、そんなに慌てたら転ぶよ…イッ!」 ガッ!と襖に足の小指をぶつけ蹲る父親。 「二人とも、ちょっとは落ち着いたら?」 そんな二人を冷めた目で見つめる弟。 「あの…悠さん?」 「ほら、緊張するだけ損だろ」 戸惑いこちらを見つめるのに笑いかければ、蒼牙もフニャリと笑った。

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