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帰国7
Side 蒼牙
それは6月に入って直ぐの休日の夜のこと。
日中の日差しを和らげるため下ろしていたブラインドを夜景が見えるように上げていれば、女性スタッフが新たなお客様を案内した。
「いらっしゃいませ」
ちょうど俺がいた窓際の席に案内された男女に挨拶をしその場を後にしようとすると、女性から声を掛けられた。
「落ち着いていて、綺麗なお店ね」
品の良いその女性はキラキラと目を輝かせていて、クルリと店内を見回すと嬉しそうに微笑んだ。
「恐れ入ります。ごゆっくりと食事をお楽しみください。」
笑顔でそう伝えると、向かいに座っていた男性からも声を掛けられた。
「お勧めの料理は何かな?」
メニューを開きそう尋ねるのに、ゆっくりと料理を紹介する。
「そうですね…6月に入り岩牡蠣が旬となりました。こちらの『岩牡蠣の白ワイン蒸し』は今月から始まったメニューとなっております。他には…」
新メニューから定番メニュー、またそれらに合ったアルコール類等を説明すると、男性は満足そうに頷いた。
岩牡蠣メニューの他にも何品かの注文を受け、丁寧にお辞儀をしてキッチンへと向かえば、「とても感じの良い方ね。」と嬉しくなる言葉が聞こえた。
その直後、
ガチャン…!
食器音が響き、慌てて振り向いた。
「お洋服は濡れていませんか?」
テーブルのコップが倒れ水がテーブルに広がっているのを視認し、すぐさまタオルを手に駆けつけた。
「ああ、大丈夫。すまないね。」
「パパはいつもそそっかしいんだから。ごめんなさいね、お手数おかけして。」
男性はバツが悪そうにテーブルを片付けようとし、女性は床に溢れた水を拭こうとした。
「バッグやお洋服が濡れてなくて良かったです。お客様、私がいたしますのでどうぞお座りになっていて下さい。」
女性の側にしゃがみ、タオルを手から優しく預かる。
申し訳なさそうなご夫婦を安心させようと微笑みかけ、手伝いにきた女性スタッフに新しい席に案内するように指示を出した。
そうして手早く片付け周りのお客様に一礼をしてキッチンへ戻ると、そっとテーブルの様子を伺った。
会話の内容は聞こえないが、二人とも笑顔で話をしていて、ほっと息をついた。
やがて完成した料理を運べば「まぁ美味しそう」「綺麗な飾りね」など女性が言葉をかけてくれ、男性は「こちらも美味しいよ。」と女性のお皿に料理を分けてあげる。
その仲睦まじい様子に微笑ましい気持ちになった。
「どうもありがとう。とても美味しかったよ。」
「ええ、本当に。それにとても気持ちの良い対応をしてもらえたわ。ふふ、お気に入りのお店が増えちゃった。」
支払いをしながら告げられた言葉に自然と笑顔が溢れた。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、我々としましても大変励みになります。」
素直に感謝の意を伝える。
扉を開き見送れば、「また来るわね。」と軽く手を振られた。
「足元気をつけて。」
「それはパパのほう。」
去り際に聞こえてきたご夫婦の会話に、クスッと笑いが溢れた。
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