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帰国9
Side 悠
電車に揺られながら窓を見つめる。
明るい車内が映り込んだ窓には並んで座る蒼牙の姿。
ネクタイを緩めリラックスしたその様子に、笑みが溢れた。
『お父さん、お母さんがお店に来てくださった時のこと…やっと思い出しました。』
そう言って微笑んだ蒼牙を本当は抱き締めたかった。
自分でも不思議なほど、両親のことを覚えていてくれたことが無性に嬉しくて。
そして店での事を聞いて両親に呆れる一方で、蒼牙の仕事への姿勢に思いを馳せて胸がくすぐったくなった。
海外生活が長いからか、両親が抱くセクシュアリティな考えに対する不安は正直無かった。
蒼牙を気に入るであろうことも分かっていた。
だから緊張していた蒼牙が余計可愛くて、つい意地悪をしてしまった。
じいちゃんの『ラブラブでメロメロ』発言には笑ってしまったが、あながち間違いではなくて。
どこまでも優しくて心の温かいこの男に、心底惚れている。
あぁ…本当に蒼牙で良かったな。
隠すようにして繋がれていた指先に僅かに力を込めると、「どうしました?」と柔らかい声が聞こえた。
「何でもないよ。」
フッと笑えば、眩しいものでも見たかのように蒼い瞳が細まる。
「悠さん」
「ん?」
握っていた手を持ち上げられ、指先にちゅ…と唇が触れる。
少ないとはいえ人目がある場所での行為に、顔が一気に熱くなった。
「悠さんのことも、ご両親も、俺大好きです。」
「朔弥さんはまた別ですが」そう笑う蒼牙の顔が本当に幸せそうで。
「ん…ありがとう」
きっと今の自分も同じ表情をしているのだろうと、そう思った。
翌朝。
「悠、起きれる?」
昨夜の情事で気怠い身体を起こせば、蒼牙の長い腕が支えてくれる。
ベッドの側に置かれたテーブルの上には温かいコーヒー。
湯気とともに立ち上るその香りに頬が緩んだ。
「ん」
わざと両腕を伸ばせば、クスクスと笑いながら蒼牙が抱き上げてくれた。
「今日の悠は甘えん坊だ。」
「誰かさんのせいで、体力と血が足りないからな。」
「っ、」
首筋に顔を埋め、吸血する時の蒼牙のように軽く歯を立ててみせる。
こうやって甘えられるのも、お前だからだよ…
そう想いを込めそのままそこをチュッと吸い上げれば、「何、この可愛さ」と呻かれた。
「はい、どうぞ」
そっとイスに下ろされ、手渡されたコーヒーに口をつける。
口の中に広がるコクと苦味に幸せを感じていれば、隣に座った蒼牙から真っ直ぐに視線を向けられていることに気付いた。
「なんだ?」
「んー?どちらが良いか悩んでるところ。」
「は?」
言っている意味が分からず首を傾げれば、コップの中のコーヒーが揺れた。
「コーヒーを飲んだ後にもう一度ベッドに運ぶか、一緒にシャワーを浴びるか…どちらも捨てがたいよね。」
「なっ…」
告げられた言葉に絶句していると、伸びてきた手がスルリと頬を撫で意味深に微笑まれた。
「朝から煽ったんだから、責任はとらないと。」
「…………」
「ね?」
愉しそうで意地悪な微笑み。
でも愛しさを隠さないその表情に、甘える相手を間違えたと頭を抱えたくなった。
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