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美波さんの癒し
Side 美波
従業員出入り口の扉を開け、少し狭い通路を抜けて大通りに向かう。
ふと、人通りの少ない通路で足を止め空を見あげれば、ビルの間に見える白く濁った空から小さな雪が舞い落ちてくる。
「寒いと思ったら…」
手のひらを広げ落ちてくる結晶を受け止めれば、一瞬でそれは水に戻ってしまった。
ビルの間を抜ける風が雪と髪を舞い上げる。
冷たいけれどけして不快ではない…むしろ落ち着くその冷たい風を胸いっぱいに吸い込めば、新鮮な空気が肺を満たした。
気持ちいいな…
吐き出した息が真っ白になって流れていく。
何度か繰り返し深呼吸していくうちに、鼻も肺も冷えてしまったけれど。
店内にいる時には味わうことのできないこの空気が、とても心地よく感じられる。
「ん…生き返った」
マフラーを鼻まで引き上げる。
自分の匂いしかしないその柔らかい布に大きく息を吐き出し、大通りへと足を向けた。
鼻が利くのも困ったもんだよね…
職場であるレストランは当たり前だが常に料理の匂いが漂う。
それに店内の入り口からは飾られた花の香り、入れ替わりで訪れるお客さんからは香水や柔軟剤の香り。
そして…様々な香りが混在する中で、人間には嗅ぎ分けられない匂い。
吸血鬼の自分だからこそ分かる、人間の血の匂い。
どんなに美味しそうな料理の香りが室内を満たしていても、血の匂いは何よりも甘く魅力的で…吸血鬼である自分を魅了する。
以前の俺なら抗うことなんかしなかった。
好みの血を見つければ誘われるままに手を伸ばしていたし、欲をぶつけることだってあった。
生きていくための食事とは違う、ゲーム感覚の吸血行為に罪悪感なんて感じなかった。
むしろ自分勝手な人間を嫌い、見下していた。
あの二人に出会うまでは。
初めて出会った…想い合う吸血鬼と人間。
失った友人が手に入れることができなかった理想の姿に、苛立ちと同時に憧憬を抱いた。
ほんと…俺も変わったよね。
色々なことがあって、初めて人間に心を開いた。
真っ直ぐ、恐れることなく吸血鬼の自分に笑いかけた悠さんを思い出すと、胸の奥がじわりと温かくなる。
それからだ。
遊びで人間の血を求める行為がつまらなくなって、格段に人を襲う頻度が減った。
気持ちの問題で鼻が利くのは変わらないのだから、結果的に店内の匂いの情報量に疲れるようになってしまったわけだけど。
「あー…癒しが欲しい…」
大通りの信号待ち、鼻をズッと啜りながら無意識に溢れたセリフについ笑ってしまう。
癒しって…何言ってんだ、俺。
早く帰って晩御飯食べて、風呂でゆっくりしよう。
冷えた体を温めれば疲れも消えるんだから。
信号を見つめながらメニューを考えている、その時だった。
パタパタ…
小さな羽音。
そして何かが肩にとまる感覚。
「え…?」
視線を音がした方に向けるのと、周りが歩道を渡り出すのは同時だった。
「は?…え?」
視線の先、自分の右肩には…青い羽根が美しい鳥が乗っていた。
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