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第2話 隠したくない存在

 朝ご飯を食べ終え朝練に直行。  練習グラウンドはマンションから近い場所にあるので、徒歩で二十分弱で着く。  朝練は軽くランニングと午後練の為のフォーメーションを徹底確認。  鉄平はフォワードなのでシュート練も欠かさない。 「調子良さそうだな」 「おっ、分かるー? 絶好調!」 「うわっ、ムカつく。間抜け面しやがって」 「いひぇっ」  そう言って鉄平の頬を抓るのはこのチームのキャプテンで鉄平と同い年の佐川透(さがわとおる)だった。透は鉄平が同性の恋人がいる事をしっているし、一緒に暮らしているのも知っている。 「だってー、しんちゃんったら俺の為に朝練の時も朝ご飯作ってくれるんだぜ。やばくね?」 「やばくねって言われてもな。でも、最初は米を研ぐ事もした事が無かったお坊ちゃんだったんだろ? それがちゃんとした朝食を作れるようになったってのはすげー事ではあるな……」 「だろ? キッチンの棚にコソッとバレないように料理本とかあったりしてさ。すげー俺の為に頑張ってくれてるわけよ。はー、ヤバイ。同棲最高!」  と、今は心の底から強く思う。  同棲し始めたきっかけは、新壱が実家を飛び出して来たからで、最初の方は大丈夫かと不安だった。  一度同棲までして振られた過去があるから尚更……。  でも、両親と何があったのかは知らないが、ずぶ濡れで泣いた顔をして現れた新壱を見て、鉄平は何も聞かずマンションの中に受け入れるしかできなかった。本人も、なんだか申し訳なさそうにしているから、鉄平は詳しい事は聞かず、そのまま自然と馴染むように少しずつ新壱の物を揃えた。  新壱の父親は会社を経営しているらしく、でかい会社の社長さんだとは聞いてはいる。だが、詳しい事までは聞いてはいない。  母親は昔から父親の言う事にしか耳を傾けなくて、新壱の話しは一度も聞いてくれた事は無かったと言う。  側にはいつも家政婦がいて、衣食住は全てその人がやっていたから台所には一度も立った事は無いとも恥ずかしそうに言っていた。 「米を洗剤で洗おうとしていた子が……今ではオムライスやチャーハンまでも作れる子になっちゃって……はぁー、尊い」 「尊いとか……」  そんな鉄平に透は呆れ顔だ。毎度毎度聞かされているので聞き飽きた顔をしている。 「新壱君の為にも頑張れよ、次の試合」 「分かってるよ! ミラクル鉄人シュート決めてやるよ!」 「……ネーミングセンス」  午後練が終わって雑誌を買う為に商店街へと行き、目的の物を買って店を出ると、タイミング良く反対側のスーパーから新壱が出て来た。  新壱の手には重そうな袋が二つあって両手が塞がっていた。 「しんちゃん」 「うわっ! ビックリした! 背後から呼ぶのやめて下さいよっ!」 「サプラーイズ」  そう言って、鉄平は重そうな方の袋を新壱の右手から素早く奪う。  その中身は牛乳や鳥のささみがたくさん入っていて、鉄平の身体を気遣っての材料だと見て分かった。 「終わんの遅かったのか?」 「え? まぁ、色々と目を通す書類とかあって……」 「そっか……。なんか悪いな……俺達はいつも早めに上がっちまって」  鉄平達実業団の選手達は十七時には退社と決まっている。なので、十九時退社になっている一般社員達とは終わる時間が異なっていた。 「え? 何言ってるんですか? 鉄平さん達はサッカーをする為にここで働いてくれてるんですから、そんな事は気にしないで下さいよ」 「でもさ……」 「俺達はその分の給料は出てますから。あと、みんなチームの人達には期待してるんです。キャプテンの佐川選手とか今年こそは優勝してJ3に昇格するって公言してくれてるし、昨シーズンは惜しくも負けちゃって行けなかったけど……今年は絶対に行けるってみんなも俺も思ってますから。仕事の事は気にしなくていいんです」 「新壱……」 「だって、鉄平さんもいるし。今年もたくさんシュート決めてプロになりましょう!」 「プロって、俺もう三十な」 「でも、鉄平さんなら絶対大丈夫です!」  何を根拠に? と思うが、新壱は鉄平の事を信じているからこそそう言ってくれているのは分かる。  それが一緒にいて常に伝わっているから、その言葉は正直に嬉しかった。 「……そっか。なんか、お前が言うなら大丈夫な気がする」  この歳でプロ入りなんて無理だと分かっているが、新壱にそう言われるとなんだか無理じゃ無い気もしてくる。 「大丈夫ですよ! 俺は鉄平さんがサッカーしてる姿をずっと見ていたい。お爺ちゃんに……なっても……」 「ほー。それはプロポーズ?」 「! ち、違いますよっ! 何言ってるんですか!?」 「真っ赤になってー。かわいーなー」 「!」 「でも、俺。サッカーも好きだけど仕事も好きだからなー。どっちも全力でしたい。だから、もし、手伝いが欲しい時は練習後でも手伝うから遠慮無く言ってな」 「……はい。あの、鉄平さん……」 「ん? なに?」 「会社……好きですか?」 「会社? もちろん、すげー好き。お前には負けるけど」 「そ、そうですか……なら、嬉しいです」 「? なんだよ突然」 「いえ、何でもないです。さ、帰りましょう」 「あ、あぁ……」  嬉しい。は何に対してだ? 会社が好きと答えたからか? 新壱の方が好きだって言ったからか? それとも、どっちもか? 「なぁ、新壱……」 「はい?」 「あの……」 「新壱?」  マンションに着いた瞬間だった。突然、背後から名前を呼ばれた。 「か、母さんッ!?」  そこに立っていたのは鉄平の母親である麻子(あさこ)だった。 「お母さん?」 「そ、そう。俺の母親。つーか、何でここにいんの?」  両親は新潟にいるはずだ。なのに、なにも連絡無しに母親だけ突然現れた。 「パパと喧嘩したから泊めて!」 「え? はぁ? なに急に!?」 「いいじゃない! 同棲中の恋人も見たかったし! 挨拶兼ねて泊めて!」 「いやいや、破天荒過ぎんだろ! 急すぎだわ!」 「急じゃないわよ! さっきメールしたわ!」 「さっきって……。今さっきじゃねーか!」  スマホを開いてメールの通知を見ると、そこには五分前に確かに母親からメールは来ていた。 「五分前ってありえねーだろ……」 「いいじゃない。同棲中の子だって、彼氏の母親に会いたいに決まってるわよ! あんたも三十になったんだから、そろそろ結婚の事とか考えて……」  その言葉にビクッと反応したのは隣にいた新壱だった。新壱はこの場から離れようと、無意識だろう一歩足が引いていた。  それを見て、鉄平は持っていた鞄をその場に置き、新壱の袋を持った手をギュッと掴んだ。 「て……甘笠さん?」 「母さん。言って無かったんだけど……」 「ちょっ、ちょっと待って! 何言うつもり!?」  鉄平の行動と発言を察知した新壱は、慌ててそれを阻止しようと持っていた袋を落として手を離そうとした。でも、鉄平は離すつもりは無い。  鉄平にとって新壱は隠したくない存在だから、誰に対しても隠す選択肢は頭に無かった。  例えそれが母親でも……。 「何よ、改まって?」 「俺の恋人、この槌谷新壱」 「鉄平さん!?」  鉄平は麻子から目を背けずそう伝える。真剣に付き合っている事を信じて貰う為だ。  けれど、それは伝わらなかった。 「え……? ん? この槌谷新壱って……え? このスーツ着てる子? え?」 「そう。この可愛くて俺想い……」 「お、男じゃない……」 「そうだけど?」 「え? 男装? え? どう言う事?」 「どう言う事って……」 「真知(まち)ちゃんは? だって、同棲してたの受付嬢の美人な真知ちゃって言ってたじゃない」 「それ、もう終わってる話し。今はこの新壱と……」 「は? 何終わらせてんのよ! なんで別れたのよ!」 「え……? 性格の不一致……かな」  今その話しは辞めて欲しい。隣に今の恋人、新壱がいるんだから。 「母さん、そんなのどうでも……」 「いいとは言わせないわよ!」 「母さん……」 「別れなさい! 駄目! そんなの駄目よッ!」 「はぁッ!?」  嘘だろ。まさか、そんな風に言われるとは思ってもいない。  寛容な両親だから、新壱の事も受け入れてくれると思っていた。思っていたのに……。 「なんで男なの!? こんなに可愛い子、女の子でもいるじゃない! あんた、ゲイじゃないでしょ? 女の子と付き合ってたじゃない! なんで……男……。なんで真知ちゃんと別れるのよぉ……」  頭を抱える母親。その目には涙があった。 「母さん……」  その姿に動揺を隠せない鉄平。こんなにも泣いて動揺した母親を初めて見る。  いつもにこにこして兄弟喧嘩も止めたりはしない。そんな母親が取り乱して泣いている。  それが鉄平には結構ショックだった。 「俺、今日は友達の所に泊まります」 「え? ちょ、新壱?」 「落ち着いたら連絡下さい……」 「お、おい! 嘘だろ! 行くなよ!」 「お母さんの事、大事にして下さい……」  そう言って新壱はその場から離れて行ってしまった。  その言葉には色んな意味があると鉄平は思い、直ぐに追いかけようとしたのだが、泣いている母親をその場に置いておく事はできず、断念せざるを得なかった。  でも、やっぱりここで追い掛けるべきだったと……後になって後悔した。  

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