母親に聞くと、自分は五日も眠りについていたらしい。 　その間に左足の手術をし、その痛み止めが切れた時にタイミング悪く一時的に起きてしまったようだった。 　なら、あれは夢では無かったのかもしれない。 「なぁ、母さん……」 「ん？　なによ？」 「いや……なんでもない」 　でも、母親に聞いてもここに新壱がいたのは知らないかもしれない。 　もし会っていたなら鉄平に言うに違いない。だから、あれはきっと願望で幻覚だ。 「はぁー……退屈だ……」 　それに、本人に聞けばいいだけの事。 　そう思っていた鉄平だったが、待っても待っても新壱が病室に来る気配は無かった。 　しかも、メールの一つもよこさない。 　そんな事今までに無かったのに……もしかしたら、鉄平が入院中に新壱に何かあったのかもしれない。 　そう思った鉄平は、退院後直ぐに新壱に連絡を入れた。けれど、返信は無かった。 「なんだアイツ……メールも電話もして来ないで……」 　しかも、入院中一度も病室には見舞いには来なかった。 　鉄平が入院している事は確実に仕事場で知っているはずだ。なのに、連絡もして来ない。 　心配ではないのか？ 　そう思った鉄平は、もしかして母親が付きっ切りで側にいたから来れなかったのかなと、頭の中で考えた。 「はぁー……頭いてぇ……」 　けれど、それでも一度くらいは顔を見せてくれても良いだろうと、少しだけ胸がモヤついた。 「さて、これからどうするか……」 　営業マンなのにこの足では仕事ができない。 　いや、もうサッカーもできないのだから、仕事を続けさせて貰えるかも分からない。 　退職願を書いてくれと言われる可能性は大いにある。 　なんせ、今までの先輩達がそうだった。 　怪我をして試合に出れない選手や、実力が低迷して結果を残せなくなった選手は無条件で解雇されている。 　そんな人達を見て来た。 　その人達は他のチームで頑張っていたり、自分で店を始めたりと、第二の人生を探し、見付けて謳歌はしていた。 　でも、鉄平はこの職場が好きだから辞めたくはない。けれど、今は松葉杖状態で営業マンとして走り回る事はできず、サッカーも引退せざるを得ない。 　なら、鉄平をここに置いておく理由は何も無い。鉄平の替えはいつだって存在する。 「会社に顔出すか……」 　退院したのなら会社には一度顔を出さないといけない。 　あと、新壱と会ってちゃんと話しがしたい。 　きっと新壱もそう思っているはずだと鉄平は思っていた。 「……どうも」 　鉄平は緊張した面持ちで営業部に顔を出した。 「お、おおーーー！　鉄平ぇーーー！　生きてたかぁーーー！」 　営業部に顔を出すと、透が嬉しそうに両手を広げて鉄平の肩を抱いた。 　その力強さにホッとしてしまう。 「部長！　鉄平戻って来ました！」 「おー！　戻って来たか甘笠！　寂しかったぞー！」 「……すみません。俺の不注意で……」 「何言ってんだ！　あんな炎天下で外回りしていた男にすぐに戻って来て欲しいと言った俺が……俺が……っ」 「部長……？」 　部長は突然涙し、目頭を掴んだ。 「悪かった……本当に悪かった……」 　それはきっと、鉄平の足を見てそう強く感じてしまったのだと、ここに来て思った。 　隣にいる透も、今にも泣きそうな顔をしている。透には現役復帰は無理で、このまま引退すると告げたばかりで未だ心の整理が鉄平よりもついていなかったようだった。 　頑張れよ、お前ならリハビリすればきっと復帰できる。そう電話では励ましてくれていた。 　でも、透も鉄平のその足を見てようやく現実を見たらしいーーー完全復活は無理だと……。 「いえ、俺の不注意です。自己管理がなって無かった自己責任です……すみません」 　鉄平はそう言って部長に頭を深く下げ、これは部長のせいではないと告げる。 　そして、営業部の人達にも迷惑を掛けてしまったので深く謝った。 　その姿に涙する先輩や後輩。隣の部署の人達も、そんな鉄平の姿に同情した瞳を向ける。 「まぁ、これからの事はもう少ししたら考えて行こう。今はゆっくり休め……」 「……はい」 　そう部長に言われ、鉄平は営業部を後にした。