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第6話 新壱の消息
「鉄平!」
松葉杖でゆっくりと廊下に出ると、鉄平の後を追いかけて透が来た。そして、そのまま休憩所へと誘われる。
「ほい……」
「おー、サンキュー……」
椅子に座ると、透に缶コーヒーを手渡された鉄平はそれを受け取った。
そして、透が隣に座って来て、手渡された缶コーヒーに口を付ける。
「お前、この会社辞めるつもりだろ……」
数秒して透がそう聞いて来た。きっと、この言葉を言うのにかなりの決意があったのだろう……額には汗が滲んでいた。
「まーなー。あったり前だろー……もうサッカーもできねーし……ここに残れるとは思ってねーよ……」
「……鉄平」
「ここの会社は好きだけど、それは会社には関係ねー事だしな……だろ?」
「でも、営業部じゃなくて事務職とか人事部とかに移動したら……」
「それを先輩達はされた事あったか?」
鉄平が知る限り、そんな風になった人達はいない。
ここの会社に残りたければ、結果を残して選手でいるしかない。
その枠でここに入社したのだから、それが定めと受け入れるしかない。それを、透だって知っている。
「そんな特別に扱われるほど……俺は優秀じゃねーし」
そう言って、鉄平は煙草を吸い始める。
「……ふー」
「お前、吸い始めたのか?」
「まぁ、もうサッカーしないし……気晴らしにな」
「お前なー……ほどほどにしろよ」
「分かってる。そのうち飽きる……」
煙草の臭いは昔から好きじゃない。でも、もう我慢する事も健康管理も気にしなくていいと思うと、いつのまにかコンビニでおにぎりとそれを買っていた。
「なぁ、新壱君と会ったか?」
「……新壱? いや、連絡さえ一度も来てない」
「そうか……」
「そう言えば、さっきもいなかったな……外回りか?」
いると思っていたらいなくて正直ほっとした。会いたいと思っていたのに、今は会うのが怖かったのだ。
「二週間前に移動になった」
「移動!?」
「あぁ……。詳しい部署も伏せられてて何処で働いているのかも誰も分からない」
「はぁ!? 分かんねーって何? 意味分かんねーんだけど!」
どうして急にそうなった。自分がいない間に新壱に何があったのだろうか。
鉄平は只事では無い事を感じ、すぐに新壱に電話を掛けた。けれど、出る気配は無い。
「クソッ! 何やってんだよアイツ……」
お前は今何処にいるんだ……それすら分からなくて、鉄平は心配のあまり冷や汗が滲んだ。
「連絡来たら教えてくれ。部長は上に強く圧力をかけらてるらしくて聞いても話してはくれないんだ……」
「……分かった」
でも、連絡が来るかは分からない。
それでも、新壱と一番近い人間は間違い無く鉄平であり、可能性も大きいはずだと透は言った。
それを鉄平自身も信じるしかない。
「じゃ、またな」
「おう、またな……」
透は珈琲を飲み終えると営業部へと戻って行った。鉄平はその数分後に動き出し、静かにエレベーターへと乗り込んだ。
「エレベーターとかあんま使った事無かったな……」
現役の時は常に筋トレと言って階段を使っていた。だから、乗り慣れないそれに少しだけまだ慣れず、気持ちが落ち着かない。
「着いた……」
ようやく一階に着いたエレベーターから降りると、前方からお偉い人達がゾロゾロとこっちに向かって来るのが分かった。
そして、重役達が真ん中にいる一人の男を守るようにしている異様な光景に視線が向いた。
すると、鉄平と目が合い互いの動きがピタッと止まった。
「え……? 新壱?」
何故なら、それは間違い無く新壱だったのだ。見た事が無い高級そうなスーツに身を包み、髪の毛はワックスでキッチリと固められて別人に見えたが、それは確かに新壱だった。
「お前どうし……」
話しかけようとする鉄平を見て、新壱はパッと視線を逸らして歩みを進めた。
その空気には〝話し掛けるな〟とでも言っているようで、鉄平は話し掛ける事無くすれ違い様に頭を下げるしかなかった。
その時、そこで耳にしたのは予想外な言葉だった。
ーーーえ……? 社長?
新壱に向かってそう呼ぶ男達。それを聞き、鉄平は驚きを隠せなかった。
後輩が、いや、最愛の恋人が、自分が入院している間に会社の社長になっていたのだ。
ーーーは? これは夢? 夢なのか?
鉄平はその場で暫く動く事が出来ず、頭の整理をしようとした。
けれど、そんなのすぐに出来るわけが無く、静かに呆然としたまま立ち尽くした。
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