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第12話 バイバイ
就業後、部長に辞表を出した。
部長は驚きながらも、鉄平が辞める事を分かってたとでも言うようにそれを受け取り、スッキリした顔をしていた。それくらい、鉄平の存在が嫌だったようだ。
「嫌われてんなー、俺」
あと残りの一ヶ月を普通に過ごし、無事に引き継ぎを済ませればもうこことはおさらば。
新壱ともさよなら。
「ふー……眠ぃ……」
辞表を出してから一週間。周りは鉄平が辞める事を知り、毎日が通夜みたいに沈んでいた。
特に女性陣がそうだった。鉄平は知らなかったが、隠れてファンクラブがあったらしく、鉄平が辞めると聞いたその子達は酷く落ち込み、ショックのあまり泣き出していた。
「俺って意外に人気あったんだなー……」
グッズとかあれば売れたんじゃないか。なんて、今更思ってしまい、くすくすと笑ってしまう幼稚な鉄平。
「さー、帰るか……」
キリがいい所を見付けた鉄平は、グッと背伸びをしてから帰り支度をし、そのまま営業部を出た。
「あ、やべぇ……」
エレベーターのボタンを押すと、エレベーターが止まっていたのは社長室がある階なのに気付き、もしかして……そう思った。
「!」
案の定、新壱が乗っていた。
新壱は鉄平を見て驚き、鉄平はその顔を見てにこっと笑った。
あと少ししたらこういう偶然にもバッタリと出会う事も無くなり、オフィスラブだからこそ会えたそれは、鉄平が辞める事で終わってしまう。
もしかしたら、今日で新壱の顔を見るのも最後かもしれない……そう思うと、頭を下げる時間が浅くなる。
「の、乗って下さい……」
「え……?」
「早く……」
「お、おう……」
そう言われ、鉄平は戸惑いながらエレベーターの中に入った。
「……足」
「ん? 足? あー、治ったよ……まぁ、時々痛むけどな」
「仕事は? 人事部の仕事は慣れましたか?」
「……まぁ、慣れたは慣れた」
久しぶりの会話。お互いの声が震えているのが分かる。それに、新壱の顔が赤くなっていて、鉄平に告白して来た時の事を連想させ、その懐かしさに口元が緩む。
「復帰……できそうですか?」
「復帰?」
「……サッカー。そろそろできるのかなって」
新壱は鉄平が引退した事を知らなかったようで、いや、引退しても怪我が完治し、落ち着いたら復帰するとでも思っていたようだった。
新壱は〝引退〟の意味をよく理解していなかった。
「復帰なんかしねーよ。俺はもう、サッカーができる身体じゃねーからな……」
「え……? そんな……」
新壱はそれを聞き、一瞬で顔を真っ青に染め、今にも倒れそうな顔をしていた。
「あ……安静にしたら戻れるんじゃないんですか?」
「誰から聞いたんだよそんな事。安静にして治ったからってサッカーができるわけがないだろ?」
「でも……」
「私生活に支障が無いだけで、激しい動きはもうできねーの。俺の足は……」
それくらい、鉄平の左足の怪我は重度だった。普通に歩く事はできるが、雨の日や天気が悪いとズキズキと痛み、座りたくなる時もある。
そんな足で、練習も試合もできるわけが無かった。
「そんな……俺……てっきり……」
新壱は鉄平の言葉に酷く傷付き、声を震わせ、怪我をした鉄平よりも新壱の方が傷付いていた。
そんな新壱を見て期待してしまう自分が切なかった。
「ありがとな、色々」
「え……?」
「今まで……ほんと最高に楽しかった……」
「鉄平さ……」
「俺、ここ辞める事にした」
「え……?」
「兄貴に代わって俺が旅館を継ぐ事にしたんだ」
新壱は鉄平が会社を辞めると聞き、過呼吸にでもなりそうな顔で鉄平の事を見詰めて来た。
その顔に、鉄平自身の気持ちが揺れる。
ーーーなんつー顔してんだよ……馬鹿壱。
「会社好きって……」
「あぁ、好きだよ。でも、今の場所は俺にはやっぱり合わねーんだよな。ちゃんと相手と会話してその反応を見てやり取りとかしたいんだよ……」
営業部にいた時みたいに、人の目をちゃんと見て会話をして、仕事をしたい。
自分はそう言う仕事の方が向いていると、人事部に移動になって分かった。
「なら俺が営業部に戻れるように……」
「ばーか。こんな外回りもできない男を戻してどーすんだよ。役に立たなくて肩身せめーわ」
それに、そうはなりたくない。
旅館の仕事も歩く事が多いだろうが、自分のペースで働く事はできる。
自分のやりたいように、自分の好きな物を売り込む内容はきっと似ていて、それはきっと鉄平にとっては天職だと思えて来たのだった。
「ありがとな、本当。お前のお陰で俺この会社好きだった……」
「鉄平さん……」
「好きな奴と一緒に仕事ができたし、そんな経験できたのはきっと奇跡に近いと思う……」
「っ……」
こんなにも人を好きになる事が幸せで、切なくて苦しくて……漫画のようなドラマのような、そんな経験はもうきっと味わう事は二度と無い。だから、本当に楽しかった。
「新壱、幸せになれよ」
「え……?」
そう言って、鉄平はエレベーターが開いた瞬間に外に出て、傷付いた顔をしてエレベーターの中で立ち竦む新壱に手を振った。
「バイバイ……」
そして、また新壱だけ取り残されて扉は閉まった。
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