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第9話 エレベーターの中

「誤字脱字多いよ。早く直して」 「はい、すみませんっ」 「あと、余計な事とかしなくていいから」 「え……? 余計な事?」 「さっき高橋君の仕事手伝ってたよね? そう言うのいいから、言われた事だけして」 「……はい」  今週何度目になるのやら。部長からの指摘は……。  今までいた営業部では、支え合いが普通で、困っていたり大変そうな時は一緒にやるのが当たり前だった。でも、それはここでは必要無い事で、そうすると部長に言われてしまう。  でもそれは、部長が鉄平が元実業団選手だった事を知ってからの始まりだった。  結構前に実業団選手がここに配属された事があり、その人が結構いい加減な仕事をしていたらしく、この大人しい部長と一悶着あったと聞いた。  それからは実業団選手の事を毛嫌いし、ここへの移動や配属は出来るだけしないで欲しいと上に告げていたようだった。それなのに元とは言え実業団選手だった鉄平がここに移動して来てしまった。  それをまだ部長は受け入れられていないようで、鉄平を必要以上に目の敵にし、事あるごとに指摘して来るのだった。 「大丈夫ですか? 部長、本当イケメンとかスポーツ系の人駄目だから……」  そう言って来たのは人事部で働く女性社員だった。名前は確か成田夕美(なりたゆうみ)と言ったかな。 「あー大丈夫。あぁ言うの慣れてるから」 「慣れてる?」 「そう。スポーツ界なんて監督との相性が確実に合う事なんてあまり無いからね。こっちから合わせていかないと上手くやっては行けないんだよ」  高校の時がそうだった。目付きが気にくわないとか言われ、二年の夏までベンチで過ごした。でも、それでも捻くれずに頑張った結果、鉄平の事を使わないわけにはいかず、三年の時にはキャプテンに指名されて頼られていた。  だから、嫌われたとしても鉄平は全く気にしない。 「そうなんですね! やっぱり甘笠さんはすごいです!」 「いや、普通だから」 「そんな普通じゃ無いですよー。私ずっと文化部だったから、スポーツしてる人って尊敬してるんです! 今度飲みに行ってお話し聞かせて下さい!」 「あー……そうだね。今度みんなで飲もうか」 「はい! 私、計画しますね!」 「ははっ……よろしく」  夕美は見た目に反してグイグイ来る子で、昨日もランチに誘われ、断ったばかりだった。  昔の自分なら嬉しく思っただろうが、今の鉄平の頭の中には新壱の事しか無いので、正直困っていた。  独身で三十代。しかも、上半身は未だに鍛えているから逞しく、黙々と仕事を熟すインテリ系な人事部の男性陣と比べると珍しくて目立つのだろう。  他の女性陣からの視線も時々感じる。 ーーーこんな時にモテ期が来ても困るっつーの!  新壱にまだ未練がある鉄平にとって、同じ場所で働く以上、新壱に誤解されるシーンだけは避けたい。  あと、耳にしても欲しくは無い。  そんな場面があるかは分からないが、新壱がいつ何処に現れるかは分からない今、意識しながら働くしかない。 「ふー……昼か」  そんな事を考えながら仕事をしていると、時間はあっという間にお昼の時間だった。  営業部とは違い、人事部は外回りが無いのでお昼休憩はちゃんと取れ、残業も無い。  だから、動く事があまり無い為、怪我をした足をゆっくりと休養するには適していた部署ではあった。 「食欲ねーんだよな……」  でも、休憩はしたい。  常に資料と慣れないパソコン作業ばかりしているからか、外の空気をちゃんと吸って一度リセットしたい気持ちになる。 「煙草吸いに行くか……」  辞めよう辞めようと思うけれど、日に日に本数が増えているので辞めれずにいた。  辞めるのは簡単だと思っていたけれど、したい事、会いたい人に会えないストレスは自身が思っている以上に溜まっているようで辞めれなかった。  鉄平は煙草を持つと部署を出て、エレベーターに乗ろうとボタンを押した。  すると、上の階からエレベーターが降りて来て静かに扉が開いた。 「!」 「!」  乗っていたのは新壱だった。  鉄平は乗りたい気持ちが爆発しそうだったが、部長に最初に言われた事を思い出し、それをグッと堪えるしかなく、閉まるのを待った。  けれど、閉まる気配は無く、鉄平は一歩足を後ろに引き、自分は乗らない事を知らせた。  なのに……。 「うおっ!?」  突然、ガシッと腕を捕まれた鉄平は、そのまま無理矢理エレベーターの中へと引き込まれてしまったのだった。 「おまっ! 何すんだよ!」 「……」  扉が閉まり、鉄平は突然の二人きりの空間にそう新壱に告げてしまう。  本当は嬉しくて今すぐにでも新壱の身体を強く抱き締めたい衝動に駆られているが、そんな空気では無い事を鉄平は感じた。  それが尚更鉄平を苛立たせる。 「お前なんなわけ? 連絡はよこさねーし、突然社長になってるし……俺に一言言う事ねーの?」 「……」 「つーか、俺が入院してたの知らなかった? 何で顔だけでも出してくれなかったんだ?」 「……すみません」 「謝って欲しいわけじゃない。つーか、その謝罪は何の謝罪なんだ? あー、そっか……別れたいって事か……」 「ちがっ……」 「は? 違う? 別れたいから連絡も顔も出さなかったわけだろ? メールの一つくらいはできたんじゃないのか? 社長はそんなに忙しいのか?」  鉄平はずっと溜めていた荒立ちをここで打ちまけてしまった。  エレベーターの中、いつ誰が乗って来るかも分からないのに、そんな事を気にする余裕など鉄平には無かった。 「母さんの事をちゃんとしてからお前には戻って来て欲しいとずっと思ってた……でも、お前がそんな態度をずっとして来るから分かんなくなって来た……」  新壱は自然消滅を望んでいるのでは……そう時間が経つにつれて鉄平は思っていた。  戻って来て欲しい。前みたいに一緒に暮らしたい。そう思っていたけれど、新壱が社長になったと聞いてからは、そんな願いは一生叶わないと鉄平は感じていた。 「ここ(エレベーター)に引き込んでくれてよかったよ……これでもう全てリセットだ」 「……リセット?」 「俺達、終わりなんだろ? そうしたいんだろ? それがお前の望みだろ?」 「お、俺は……ンッ! ンンッ!?」  鉄平はガシッと新壱の左手を掴むと、痛いくらい壁に押しやって無理矢理キスをした。  その激しさに、持っていた煙草の箱が床に落ちる。 「……何受け入れてんだよ」 「……うっ」 「泣くのはずりーよ……」  そして、唇を離した瞬間にエレベーターが一階に着いた。 「煙草……」  鉄平が新壱から距離を取ると、床に落ちた煙草を新壱が拾った。 「……吸ってるんですか?」  その言葉に、鉄平は新壱の手から煙草の箱を毟り取り、返答する事無く先に出た。  幸い、エレベーターの近くには人がいなくて鉄平が社長と同じエレベーターに乗っていた事には気付かれなかった。 「じゃあな、社長」  鉄平はエレベーターから降りない新壱に向かってそう小さく告げて、新壱が泣いているのを知りながらも振り返る事なく前に進んだ。  

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