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第4話

「キャス、分かってるよな? お前は天使で、何かのスイッチが入ると性欲が衰えないらしいが、俺は人間。 こんな無茶苦茶おかしいだろ!?」 カスティエルがしゅんとしながら答える。 「私の性欲のスイッチが入るのはディーンとキスをしたら、だ。 それにさっきも言ったが、君が頭が冴えて眠れないと言ったから、いつもより激しくした。 ぐっすり眠れるように。 それだけだ」 「じゃあ何もかも俺の為だって言うのかよ!?」 「いや、それは違う。 私はディーンと性欲を共有するのが喜びだし、快感も得る。 だからキスで君が勃起する程性欲が高まると、スイッチが入ってしまう。 そして私が知っているだけの愛撫の知識を総動員して君を快感に導きたくなる。 そして私も興奮する。 ディーンだけの為じゃない。 私の為でもある」 まるで数学の先生が方程式を教えているように淡々と説明をするカスティエルに、ディーンはまた気が遠くなりそうだった。 「……お前の人類愛が深過ぎるのは分かった。 だけどその人類愛を俺一人が受け止めるには限界がある。 毎回毎回こんな目に遭ってたら俺はどうにかなっちまう。 人類愛を分散する方法がないか調べろ。 それまでキス禁止だっ!」 カスティエルが途端に不審な顔になる。 「人類愛…? 君が受け止めてるとは? どうにかなっちまうとは? ディーン。 私は君を愛しているから昨夜のような行動を取るんだ」 「だから人類愛が高まり過ぎるとこうなるってことだろ!? どうにかなっちまうのは…その…恥ずかしいこと言わせんな! 兎に角! 方法を調べるまでキスは禁止だからな!」 「ディーン…」 「ほら出てけ! 早く調べに行け!」 ディーンが枕をカスティエルに投げ付ける。 カスティエルは枕をふわりと受け取めると「考えてみる」と言って枕を椅子に置き、ディーンの部屋の扉から出て行った。 サムが帰宅すると、椅子に座りテーブルに頬杖をついているカスティエルの後ろ姿が見えた。 サムがいそいそとテーブルを挟んでカスティエルの前にやって来る。 カスティエルの目の前には分厚い本が数冊置かれていた。 「キャス、ただいま。 ディーンの具合はどう?」 「元気だ」 「そっか!良かった! ビールも買ってきたから三人で乾杯しようよ。 キャスに今回の狩りの話もしたいしさ」 ニコニコ顔のサムに、カスティエルは小さく微笑んだ。 「ありがとう、サム。 だけどディーンに調べろと言われていることがあるから、自分の部屋に戻る。 ビールは一本貰っていく」 「そうなの? 急ぎ?」 サムが瓶ビールを一本カスティエルに差し出す。 カスティエルは「急ぎだ」と言うと、瓶ビールと本を手にスタスタと去って行った。 サムはテーブルに買ってきた料理を並べると、ディーンの部屋に行った。 ノックをすると「入れ」という声がする。 サムが部屋に入ると、ディーンは頭の後ろで手を組んで天井を見つめていた。 「ディーン、食事の用意出来たよ。 …どうかした?」 「別に」 ディーンがベッドから起き上がる。 「アイツどうしてる?」 「アイツ…?」 ディーンが部屋から出て、廊下を歩き出す。 その後ろをサムが追う。 「…キャスだよ。 ここにはアイツと俺とお前しかいないだろ」 「キャスは急ぎの調べ物だってさ。 ディーンが頼んだんだろ? みんなで祝杯上げたかったのに…何を頼んだんだ?」 「お前はガキか? みんなでみんなでって…」 ケッとでも言いそうなディーンにサムが言い返す。 「何時だってみんなでって言うのは兄貴だろ? 俺達は家族だ、が口癖じゃないか」 ディーンがピタッと立ち止まり、振り返る。 「な、なに?」 サムの問い掛けに、ディーンがハーっと深いため息をつく。 「あのなあ…俺だってキャスを仲間外れにするようなことは絶対したくないし、しない。 でも今は緊急事態なんだ。 お前は大切な兄さんの身体が心配じゃないのかよ?」 「どこか悪いの!?」 ディーンがボンッと赤くなる。 「どこも悪くねぇ! それよりメシだ、メシ! 餓死しちまう」 ディーンはそう言うとサムを残し、廊下を駆けて行った。 ディーンはガツガツとテーブルに並んだ料理を平らげた。 サムが「誰も取ったりしないから落ち着きなよ」と言っても、無言で食べ続けている。 そして二人があらかた食事を終えると、ディーンがテーブルの隅に置いてあった郵便物を引き寄せた。 「私書箱のチェックを忘れないとは流石サミィちゃん。 どれどれ…」 ディーンとサムとカスティエルが暮らす賢人の基地は誰にも知られていないから、郵便物は郵便局の私書箱を使っている。 私書箱に届くのは、パソコンやスマホのメールで済ませられない大切な書類だったりするのでチェックは欠かせないのだ。 それにたまに狩り仲間から絵葉書が届いたりするのも楽しみだ。 だが、ある封筒を手にしたディーンの手が止まる。 「……何だこれ?」 サムが身を乗り出す。 「なに?なに? あ、その封筒ね。 A4サイズだったから大きいなあとは思ったんだけど、どこか変なの?」 その封筒はサムの言う通りA4サイズで、表には、『ディーン・ウィンチェスター様、サム・ウィンチェスター様』と印刷では無く、綺麗な筆記体の文字で書かれていた。 そして『親展』と、赤いスタンプが押されている。 裏はきちんと封が糊付けされていて、赤い封蝋が中央に押されている サムも不審な顔になる。 「今時、封蝋? 珍しいね。 貴重な資料とか? 差出人は…無いか」 「いや、ある。 ここを見ろ」 ディーンが裏の右下の隅を指差す。 そこには『クラウリー旅行会社』と、薄いグレー色の上、極小で印刷されていた。 サムが益々不審な顔になる。 「クラウリー旅行会社って…あのクラウリーじゃないよね? それにしてもこんなに見づらくちゃ見落としちゃうよ。 旅行会社のダイレクトメールにしては変だな…」 「だろ? それにクラウリーは地獄の王様やってんだし、旅行会社なんて冗談でも経営しないだろうし。 同名ってだけか?」 「う~ん…多分そうだと思うけど。 開けてみる?」 「それしかないよな」 そう答えるディーンの手には、既にペーパーナイフが握られている。 「封蝋なんて滅多に開けることないしな!」 ディーンがペーパーナイフを封筒の隅に差し込み封蝋を裂く。 そして封蝋が完全に裂かれた瞬間、「やあ諸君」と声がして、地獄の王クラウリーが、二人の前に立っていた。

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