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第5話

「クラウリー! どうやって基地に入ったんだ!?」 ディーンとサムの声が重なる。 クラウリーはいつものちょっと気取った英国口調で話し出す。 「お前達は本当に成長しないな。 久しぶりに会った旧友に挨拶も無しか?」 「お前は旧友なんかじゃ無い!」 サムが怒鳴るとクラウリーはほんの少し肩を竦めた。 「デカい方はそうかもな。 でもディーンとは親友だ。 まあそれはそれとして、この基地は完璧に悪魔と天使避けのまじないがかかっている。 だからお前達から招き入れるように、こちらもまじないを使ったのさ」 「どんな?」 すかさずディーンが訊く。 クラウリーはディーンに向き直ると、余裕の態度で答える。 「あのクラウリー旅行会社の封筒の蝋印だ。 あれにはロウィーナの強力なまじないがかかっている。 蝋印を完全に裂けば、お前達は私を招き入れることを承諾したってことになるって訳だ。 ただ残念なことに、この基地のまじないは強力過ぎて、私一人を送り込むのが精一杯だったがな」 「目的は何だ!?」 クラウリーがサムをチラリと見る。 「サーム、そう騒ぐな。 ウィンチェスター兄弟が吸血鬼を一掃し、囚われていた人間を全て助けたことは地獄にも伝わってきている。 そこで慈悲深い私は考えた。 旧友に慰労の旅をプレゼントしようと」 「だから目的は何だ? 俺達は悪魔とは取り引きしない」 ディーンがそう言ってテーブルに封筒を滑らす。 封筒がクラウリーの前で止まる。 クラウリーはその封筒を手に取ると中身を出した。 そして本物の旅行パンフレットの様な冊子を二冊テーブルに置き、ディーンとサムの前にそれぞれ滑らせた。 「目的なんて無いさ。 さっきも言っただろう。 お前達を慰労の旅にご招待ってことだよ。 しかも目的地は…日本だ!」 「日本!?」 ディーンとサムが同時に言って、それぞれパンフレットを手に取る。 二人はパンフレットをパラパラと捲る。 パンフレットの内容は、全て日本のメジャーな観光地や隠れた名所スポット、グルメの案内だ。 パンフレットに釘付けの二人にクラウリーが語り出す。 「私も疲れているんだ…。 地獄では書類の山に囲まれている。 サインのし過ぎで右手首が腱鞘炎になりそうだ。 だからお前達が吸血鬼どもを一掃したら、休暇を取ろうと思って頑張った…。 そしてお前達は成功した! 私も仕事を片付けてきた! さあ日本で疲れを癒そう!」 「ちょっと待て」 サムが冷静な声で言う。 「まさか…お前も一緒に行くつもりか? それにディーンは飛行機恐怖症だ。 どうやって日本に行くんだ?」 「デカいの、もう少し頭を使え。 私はクラウリー旅行会社の言わば社長だ。 そしてガイドでもあり、スポンサーでもある。 一緒に行くに決まってるだろう。 ディーンが飛行機に乗れないのも知っている。 だからこの賢人の基地のガレージを一歩出れば日本へ着くように時空の空間を作った。 ディーン、どうだ? 愛しのインパラに乗って1分も走れば、もうそこは日本だ。 まあ一瞬で行けることも出来るが」 「マジか!? じゃあ日本で俺のBABYを運転出来んのか!?」 クラウリーの話に食いつくディーンにため息をつくサム。 クラウリーは余裕の態度で答える。 「そうだ、ディーン。 日本の警察は厳しいが私にかかればどうにでも出来る。 パスポートや免許証も無用だ。 そして費用は私持ち。 こんなに最高の旅は無いだろう?」 「…そうだな」 するとクラウリーは「ディーン、ちょっとこっちに来い」と言うと、部屋の隅に行く。 ディーンは「何だ?」と言いながらクラウリーの後に続く。 サムはと言うと、パンフレットに不備が無いか、真剣にパンフレットを読んでいる。 クラウリーはディーンがやって来ると声を落とし言った。 「お前はアジアンビューティーが大好物だろう? パンフレットの2ページ目を見てみろ」 「……これは芸者ってやつか?」 「正確には舞妓だ。 芸妓という舞妓を卒業したお姉様方もいる。 この子達が日本の伝統楽器が弾かれる中、日本舞踊を舞い、お前のためにお酌までしてくれて楽しい会話も楽しめる。 そうそう日本語の心配も無い。 お前達兄弟が日本に着けば日本語を芯から理解し、話せるし読めるようになるからな。 それより着物をよく見ろ。 舞妓や芸妓は身体は売らないが、着物を着てアッチの方のサービスをしてくれる店もある。 帯を解いて着物を一枚一枚脱がせて…まるでプレゼントを開けるように…最高じゃないか?」 「…スゲーな!」 「だろう? それに旅行するのは京都だけじゃない。 秋葉原にはメイド喫茶というものがあって、可愛らしい日本の女の子がメイド姿で『おかえりなさいませご主人様』なんて言って出迎えてくれて、食事中も楽しませてくれる。 オムライスの上にケチャップで好きな絵まで書いてくれるんだぞ! 原宿には七色の綿菓子もある。 虹色の綿菓子だ」 「マジか…」 ほうっとため息をつくディーン。 「そ・れ・に・な」 クラウリーがディーンの肩を抱き、囁く。 「日本にはソープランドという所があって、合法的に女の子と楽しめる。 合法だからセックスは出来ないが、それ以上の天国を楽しませてくれる。 私が東京一のソープランドを貸し切るから、お前は好みの女の子と一晩中楽しめばいい。 取っかえ引っ変えもアリだ。 それに日本は美食の国だ。 最高級の美味い料理と酒を食べ放題の飲み放題。 それと温泉! 温泉はいいぞ~。 日本では自然に湧き出た湯を風呂にしている。 その湯には自然の成分が詰まっていて疲れた身体に染みるんだ。 身も心も癒してくれる。 私も日本に行った時は温泉に必ず入っている。 料理、酒、女の子、温泉…断る理由が無いだろう?」 ディーンがくるっと振り返る。 「サム!日本に行くぞ!」 「えぇ!? おい、クラウリー! ディーンに何を吹き込んだ!?」 クラウリーがまたほんの少し肩を竦める。 「日本の魅力を伝えただけだ。 日本には美食と魅力的な女性と温泉という癒しがある国だと。 パンフレットに書いてある事を噛み砕いて説明したのさ。 お前だってそのパンフレットを読んで行きたくなってるんじゃないか? それに日本はアメリカとは桁違いの歴史ある国だ。 勉強大好きサミィが日本の歴史を肌で感じる機会を逃すのか? それにお前が行きたいのなら、坊さんに精神を鍛えてもらえるオプションもつけてやろう。 東洋の神秘を学んでグレードアップするチャンスは、お前の人生に二度と無いだろうしな。 そ・れ・に、日本のヘアケア商品はアメリカ製品をしのぐ程高機能だ」 途端にサムが腕を組み、うーんと考える。 そんなサムにディーンが駆け寄る。 「サミィ、行こうぜ! クラウリーが日本語も喋れるようにしてくれる! かわいい日本の女の子と楽しいコトして、サイコーに美味い料理と酒を食べ放題の飲み放題! しかも温泉付きだって! なあ、行こうぜ~!」 「わ、分かった。 ディーン、落ち着け。 クラウリー、本当に僕等を慰安旅行に連れて行ってくれるだけなんだな? 取り引き無しで。 正直に言え」 クラウリーはコホンと咳払いをすると澄まして答える。 「無論だ。 地獄の王に二言は無い。 正直に言えば、ディーンとまた馬鹿騒ぎをしながら旅をして、日頃の疲れを癒したい。 お前が行かなきゃディーンも行かないと言うだろうからお前達をセットで誘った。 それだけだ」 サムがニヤリと笑う。 「ディーンは僕だけじゃない、キャスも一緒じゃなきゃ行くとは言わないさ。 僕等は家族なんだから。 さあどうする?」 ディーンが慌てて、クラウリーを睨み付けるサムの腕を掴む。 「サム!キャスは…」 クラウリーが呆れたように天を仰ぐ。 「はいはい家族ね。 分かったよ。 キャスも連れてけば問題無いんだろ? じゃあ連れて行こう」 「本当か?」 「疑り深いぞ、サム。 これだから頭でっかちは…って身体もデカいけどな。 地獄の王に二言は無いと言ったろう。 それにキャスは友人だ。 一緒にニセFBI捜査官になった時は相棒の仲だ。 問題無い」 「クラウリー、ちょっと来い!」 今度はディーンがクラウリーを部屋の隅に連れて行く。 「何だ?」 「キャスは…ちょっとマズイ…」 「何故だ? アイツはお前と日本旅行が出来ると知ったらYES一択だ」 「それが…その…今キャスと上手くいってねぇんだよ」 「またくだらない喧嘩か?」 「ちょっと違う…でもキャスは天使だろ? その天使の人類愛ってのが厄介な方向に向かっちゃっててさ…」 クラウリーがボソボソ喋るディーンの肩を両手でがしっと掴む。 「ディーン、キャスはお前の筋金入りのストーカーだ。 俺とお前とサムが日本旅行に行くと知ったら、私達に姿を見せなくても絶対に付いてくる。 だったら旅行に誘ってオープンに楽しくやればいいじゃないか。 何かする度、キャスが見てるかも…なーんて思いながら慰安旅行をするなんてナンセンスだ」 ディーンが俯いて「でも俺からは誘えない」と呟く。 クラウリーがフッフッフッと不敵に笑う。 「クラウリー旅行会社社長のクラウリーさまに任せろ。 キャスは自分の部屋にいるのか?」 「…ああ」 「じゃあ社長直々旅行に誘ってきてやるよ」 そう言うとクラウリーはディーンに背を向けて歩き出した。 右手をひらひらと振りながら。

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