14 / 37

第6話

クラウリーがカスティエルの部屋の扉をノックする。 するとまるで扉の前に立って待っていたかのように瞬時に扉が開いた。 「…おっと、扉は相手を確認してから開けた方がいいぞ」 クラウリーが仰け反りながら言うと、カスティエルはぶっきらぼうに「何の用だ」と言ってクラウリーに背を向け、分厚い本が数冊開かれているテーブルに向かう。 「おいおい相棒、ご機嫌斜めだな。 折角良い話を持ってきてやったというのに」 「相棒じゃないし、お前の話など興味は無い」 カスティエルが椅子に座り、分厚い古文書を捲る。 クラウリーが扉の傍の壁に寄りかかり「そうかな?」と言うとコホンと咳払いをする。 「キャス、お前もウィンチェスター兄弟と私と一緒に日本旅行に行かないか? この私がスポンサーになってやる。 四人で楽しい日本を満喫しようじゃないか!」 カスティエルがガタッと音を立てて立ち上がり、クラウリーを見る。 「…何だそれは?」 「言った通りさ。 ディーンとサムは大仕事を終えた。 私もそれに合わせて馬鹿みたいな量の仕事を終わらせてきた。 そこで皆の慰労を兼ねて日本旅行を思い付いたんだ。 ディーンは飛行機恐怖症だから、ガレージの一歩外から日本へ向かう時空の空間も作った。 ディーンは日本に行けると、もうはしゃいでいる。 無邪気なもんだ。 ところがあの頭でっかちのサムが私を警戒して、家族の一員のお前も連れて行かなきゃ行かないと言い出した。 お前だってディーンと日本を旅したいだろう? したいよな? はい、決まり!」 「…行かない」 「……なに?」 「行かないと言ったんだ。 私はディーンに頼まれて調べ物をしなければならない。早急に。 三人で行けばいい」 「おいおい、その頼み事をした張本人が旅行に行く気満々なんだぞ? そんなのは旅行から帰って来てから調べればいいだろうが! いいか? 私はこの日本旅行を心の支えにして、書類仕事なんて地獄の王らしからぬ仕事に打ち込んで腱鞘炎寸前なんだ! 温泉で癒すと決めてるんだよ!」 「勝手に決めるな。 兎に角私は行かない。 ディーンだって私がいない方が気楽な筈だ」 クラウリーがニヤッと笑う。 「ディーンと何かあったみたいだな。 ディーンもお前と上手くいってないと気にしている。 天使の人類愛がどうとかこうとか」 カスティエルがクラウリーから視線を外す。 クラウリーはゆっくりとカスティエルに向かって歩いて来ると、カスティエルの肩を抱いた。 「相棒、そうしょぼくれるな。 私は何があったかなんて野暮なことは聞かない。 だから日本旅行を利用すればいい」 「利用?」 カスティエルがクラウリーを見る。 「そうさ。 楽しい旅行で開放的になって何もかもさらけ出せばいい。 さらけ出せない話でも、旅行でご機嫌のディーンと仲直りするチャンスは旅行中ごまんとある。 旅行で仲直りして、この基地に帰って来たらまた調べ物でもすればいい。 建設的だろう?」 「……そうなのか?」 「そうだよ! それにお前、旅行に行かなくても旅行中のディーンをストーカーする気だろう? だったら旅行に参加した方が堂々とストーキングできるだろうが!」 カスティエルがギロリとクラウリーを睨む。 「ストーカーじゃない! 見守っているんだ!」 「はいはい分かった分かった。 元気が出たようだな。 よし、お前も旅行に参加で決まり! じゃあサムに報告してくる」 クラウリーはカスティエルから離れると、さっさと部屋を出て行った。 「キャスも日本旅行に参加する」 と言うクラウリーの一言で四人の日本旅行は決まった。 サムは一瞬ムッとしたが、頭を切り替え「じゃあ準備しなきゃ」と三人を見渡して言った。 クラウリーがため息混じりにサムに向かう。 「だーかーらー! 全てクラウリー旅行会社に任せろと言っているだろうが! 頭が固いサムは困り者だな。 お前達が持って行く物はスマホだけでいい。 着替えも何もかも私が用意してある。 さあ全員スマホをテーブルに置け」 ディーンが先ずスマホをテーブルに置き、サムは渋々と、カスティエルはディーンから一番離れた場所でスマホを置いた。 最後にクラウリーもスマホをテーブルに置くと、パチッと指を鳴らした。 「もうしまっていいぞ」 「これだけ!?」 即サムが疑問に満ちた声を上げる。 クラウリーが面倒くさそうにサムを見る。 「そうだ。 これで日本でもこのスマホが使える。 充電も要らない。 圏外にもならない。 我々四人の間ではな」 ディーンが目をキラキラさせてクラウリーの元にすっ飛んで行く。 「クラウリー、スゲーじゃねーか! いつこんな魔法を覚えたんだよ!? それに時空の空間まで…!」 クラウリーがニッコリと笑い、ディーンの腕をポンポンと叩く。 カスティエルの目に殺気が帯びるが、クラウリーは完全無視だ。 「ロウィーナに教えて貰ったのさ。 勿論、代償は高くついたが。 今頃ロウィーナはモナコの最高級ホテルでエステ三昧じゃないか。 まあお前達の為だ。 どうってことない」 「……クラウリー! お前、本当は良い奴だったんだな!」 今にもクラウリーに抱きつきそうなディーンに、クラウリーを殺気に満ち満ちた目で睨み付けるカスティエルを止めるべくサムが口を開く。 「クラウリー、着替えもあるっていったよな? それは?」 「旅行の必需品はその都度出してやるよ。 まずはその恰好をどうにかしなくちゃな」 クラウリーがパチッとまた指を鳴らす。 すると三人の服装が、一目で高級ブランドだと分かるカジュアル系の黒スーツに変わった。 しかもオーダーメイドらしくサイズもそれぞれピッタリだ。 足元も高級ブランド品の革靴になっている。 カスティエルが思わずディーンに見蕩れる。 余りの熱視線にディーンが気付き、カスティエルを見るとぷいっと横を向き、「…キャス…カッコイイじゃねーか。似合ってる」と呟く。 カスティエルの顔がパッと明るくなる。 「ディー…」 「はいはいそこまで!」 クラウリーがパンパンと手を叩く。 「お前達三人はイケメン! ネルシャツとくたびれたトレンチコート以外なら何でもカッコイイ! 褒め合いなんてくだらない時間を使うな! 勿体ない! さあ行くぞ」 クラウリーはそう言うと基地のガレージに向かって颯爽と歩き出した。 そうして全員がインパラに乗った。 いつもと違うのは、助手席にカスティエルが座っているということだ。 クラウリー曰く、 「実はロウィーナも日本旅行に物凄く行きたがっていた。 それを宥めすかしてモナコの豪遊で手を打ったんだ。 だが私も馬鹿じゃない。 ロウィーナより二番手の魔女に大枚はたいて魔術がかかっていないか、この日本旅行に関わる全てをチェックしてもらった。 するとたった一つ、このインパラの後部座席に追跡のまじないがかかっている事が判明した。 そこで賢明な私はそのまじないをそのままにしておこうと決めた。 もしまじないを解いたら、ロウィーナにこれから出発しますと伝えるようなものだからだ。 ロウィーナがモナコで満足してくれていれば我々に関心が無いだろうから追跡して来ないだろうし、日本旅行に参加しようとしても日本に行ってしまえばこっちのものだ。 丸二日は自由に楽しめる。 そのくらいなら相手がロウィーナとはいえ、私もかわせるからな。 ただ、悪魔でも人間でも無い天使が座れば、直ぐにまじないが発動したとロウィーナに伝わるだろう。 だからサム、後部座席に座れ」 という訳だ。 サムは渋々とだがクラウリーと並んで後部座席に座った。 ディーンがエンジンをかけ、ハンドルを握る。 ディーンは日本旅行で頭が一杯なのか、カスティエルを特別意識している様子も無く、鼻歌混じりだ。 カスティエルはそんなディーンをチラチラ見ては幸せを噛み締める。 クラウリーは満足気にどんと構えている。 サムはまだ警戒を解いていないせいで、キョロキョロ周りを見回している。 そんな中、ガレージをインパラが出る。 だがそこはいつもと変わらない道路だ。 「クラウリー、何処に時空の空間ってのはあんだよ?」 「ディーン、いいから前を見て真っ直ぐ走れ」 「真っ直ぐって言っても、もうカーブだぜ?」 そしてカーブを曲がった瞬間、インパラは京都祇園のど真ん中にいた。

ともだちにシェアしよう!