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第7話
ディーンの第一声は「狭っ!」だつた。
そこは一方通行のお茶屋や料亭や土産物屋が並ぶ小道。
クラウリーは落ち着き払った声で言った。
「大丈夫だ、ディーン。
周りを良く見ろ。
人間がインパラをすり抜けて歩いて行くだろう?
このインパラは時空の空間を通ったせいで分子レベルで質量が変化した。
つまりこの日本のどこを走っても停まっても、他の車や人間に干渉しないし、されない」
「……クラウリー、言ってることが分かんねえ…」
苦りきった顔になるディーンにサムが言う。
「つまりインパラは日本にいる間はまぼろしみたいな物なんだ。
どこを走っても、僕達以外には見えないし、事故も起こさない。
そもそも僕達以外の日本にいる人間にとって、インパラはまぼろしなっているから通り抜けできる。
路肩に駐車しても他の車にとってインパラはまぼろしだから問題無いってことだよ!
…でも僕達は?
僕達もまぼろしになったのか?」
クラウリーを見据えるサムに、クラウリーがため息混じりに答える。
「サム、お前は頭が良いのか悪いのかどっちだ?
お前達がまぼろしになったら日本旅行を楽しめないだろーが!
変化したのはインパラだけだ」
ディーンがクラウリーに向かって振り返る。
「クラウリー、正直に言え。
まさか俺に無断で俺のBABYにまじないをかけたんじゃ無いだろうな…?」
「まじないじゃない!
時空の空間を通った時の副産物!
物理の法則だ。
便利だからそのまま使った。
じゃあ訊くがインパラの本質は何だ?
車だ。
車と人間は完全な別物だ。
私は最初から時空の空間を通れば、インパラが変化するのは分かっていた。
そして車は変化しても、お前達が変化しないことも。
但しインパラに乗っていれは、インパラはベールの様にお前達も隠す。
何故ならインパラ自体がサムの言う『まぼろし』に変化したから!
堂々巡りなことを言わせるな!
便利なんだから文句は無いだろう!」
「そう言う問題じゃない!」
サムがクラウリーに噛み付く。
「そんな大事なことをなぜ最初に説明しないんだ!?
大体お前はいつも…」
「サム!あれ見ろ!」
突然のディーンの大声に皆がディーンが指差す方を向く。
そこには二人連れの舞妓が静々とにこやかに歩いていた。
「綺麗だ…。
まるで日本人形みたいだ…」
さっきまでガミガミとクラウリーに噛み付いていたサムが、別人の様に舞妓に釘付けになる。
クラウリーが得意気に言う。
「そうだろう?
今夜はあの舞妓や芸妓と京料理を堪能しながらお座敷遊びだ。
細かいことにちまちま文句を付けるな!
取り敢えず夜に備えてホテルにチェックインして休憩だ。
ディーン、車を発車させろ」
「何処に行けばいいんだ?」
不思議顔のディーンにクラウリーが勝ち誇ったように答える。
「ナビに設定済みだ」
「俺のBABYにナビなんつーモンは着いて無いぜ?」
クラウリーがパチッと指を鳴らすと、ディーンのスマホからナビのアナウンスが流れ出した。
クラウリーが用意してくれたホテルは京都でも、いや日本全国の中でも最高級の所だった。
部屋はスイートルームで主寝室が四部屋もあるのだ。
ディーンが各部屋を覗いては、はしゃいでいる。
サムも「こんな豪華な部屋に一人で寝られるんだ…!」と感動している。
クラウリーはリビングのソファに座り赤ワインを飲みながら、「ディーン、はしゃぐのはそのくらいにしてシャワーでも浴びて仮眠を取れ。着替えはクローゼットに入っている。今夜は眠れないかもしれんからな~」と意味深に言う。
ディーンはクラウリーの言葉を聞いた途端、「じゃあこの部屋にする!」と、とっとと決めると部屋に入って行った。
サムは「キャスはどうする?先に決めたら?」とカスティエルに訊くが、カスティエルは静かに「ありがとう、サム。でも私は眠らないしどの部屋でも構わない。君が先に決めればいい」と答える。
するとサムが「じゃあ僕はこの部屋でいいや」と、立っている位置から一番近い部屋に入って行こうとするとクラウリーが言った。
「普段は狩りに出ると、みすぼらしいモーテルでいっつも兄貴と二人で窮屈な思いをしてるんだ。
一人の自由を、そして豪勢な部屋を楽しめよ」
サムは「そうだな」と言って、珍しくクラウリーに向かって微笑むと、部屋に入って行く。
そしてクラウリーは突っ立ったままのカスティエルを訝しげに見る。
「何してる?
お前も好きな部屋に入れよ」
「お前こそ好きな部屋を選べ。
さっきサムに言った様に私は眠らないからどの部屋でも構わない」
クラウリーが眉間に皺を寄せる。
「あのな~折角の楽しい旅行に水を差すようなことを言うな!
お前が眠らないなんて全員が知っている。
それでも部屋に入ってリラックスすればいいだろう。
それで後からスイートルームの話が出たら、良い部屋だったくらい言え!
たったそれだけでも盛り上がるんだよ、旅行なんてもんは!」
「……そうなのか?
旅行なんてしたこと無いから分からない」
クラウリーがハーっとため息をつく。
「そうだったな。
まあ兎に角部屋に入って、部屋の様子をチェックでもしてろ。
どうせディーンがサムやキャスの部屋はどうだった!?とか言い出すに決まっているからな」
カスティエルがフッと寂しげに笑う。
「ディーンは私には訊かないだろう」
「なぜだ?
ディーンは今、頭がお花畑状態だ。
お前とのチンケないざこざなんて忘れてるよ。
少なくとも旅行中はな」
「クラウリー…お前は休まないのか?」
そう言ってカスティエルがクラウリーの前のソファに座る。
クラウリーはグラスの赤ワインを飲み干すと、またグラスに赤ワインを注いで「これを飲んだら少し休む。まあ私だってお前と同じ。寝なきゃ寝ないでいいが睡眠という状態が気に入っている。それにシャワーも浴びる。風呂は神経をリラックスさせてくれるからな」と言ってカスティエルを正面からじっと見る。
カスティエルが「そうか。じゃあ少し話しをしてもいいか?」と訊くと、クラウリーは「どうぞ」と手の平を優雅に上にしてカスティエルを促した。
「クラウリーには私とディーンの関係はどう見える?」
「はあ!?」
クラウリーが目を見開く。
「今更だろう!?
お前はディーンにベタ惚れの溺愛状態。
そしてほんの少しだけ二人の関係は前進してる。
だがそれもディーンの勘違いで斜め上の方向に行きそうだ。
そんなところだろ?」
「そんなに分かるのか…?
なぜ?」
クラウリーが赤ワインを一口飲むと呆れたように口を開く。
「ディーンがお前の人類愛がどうとか言っててピンときたのさ。
お前達はキス…いやもうちょっと進んだ関係を持っているが、ディーンはお前とそーゆーコトをするのは、お前の人類愛ゆえだと思っている。
違うか?」
カスティエルが項垂れる。
「…違わない。
私はディーンを愛しているから彼に触れているのに、ディーンは私が天使だから人類に対する愛が高まり過ぎて、それをぶつける相手が周りに自分くらいしか居ないからと私の行為を受け止めているつもりだ。
どうしてだ?
私は何度もディーンに愛していると告白していると言うのに…」
クラウリーが人差し指をチッチッチッと左右に振る。
「キャス、それじゃあお前の気持ちは一生ディーンに伝わらない。
英語で『愛している』の意味は広い。
I Love youじゃ駄目なんだ。
お前は心底ディーンを恋愛対象として愛している。
そこを分からせるんだ」
「…方法が分からない」
「いいか、キャス。
今夜は楽しい旅行の始まり。
祇園でお座敷遊びだ。
取り敢えず今夜はそれを楽しめ。
明日は温泉に移動してまったりする予定だから、明日の夜にでも詳しく相談に乗ってやるよ。
だからディーンには普通に接しておけ」
カスティエルが立ち上がる。
「助言をありがとう、クラウリー。
じゃあ部屋に入って、部屋の中をチェックしておく。
ディーンとの会話に困らないように」
そうしてカスティエルはスタスタと去って行った。
クラウリーはカスティエルの後ろ姿が消えると、グラスの赤ワインをヤケクソ気味に飲み干す。
「ディーン、ディーンって全くアイツは…。
私に恋愛相談してくるなんてキャスも相当重症だな…というか私は純粋に旅行を楽しみたいのに何なんだ!」
クラウリーは独り言ちると、ワインボトルを持って残りの部屋へと向かった。
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