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第10話
だが、その朝ディーンに会うと、カスティエルは嬉しさどころか幸せな気分も吹っ飛び、罪悪感に苛まれていた。
ディーンは屈託無くカスティエルに笑顔で「よっ!おはよ」と言いながら欠伸を連発してクラウリーが予めルームサービスで頼んでおいたコーヒーを飲んでいる。
カスティエルも「…おはよう」と何とか言えたが罪悪感がじわじわと湧いてくる。
確かに誘ったのはディーンだが、あの時のディーンは普通じゃなかった。
ディーンの一点の曇りも無い笑顔を向けられると、宥めて寝かせる方法もあったのに欲情に負けてしまった自分を思い知らされる。
それこそ天使のパワーを使ってでも寝かせるべきだったのではないか?
けれど、あんなふうにディーンに誘われては断れない。
カスティエルがぐるぐる考えていると、クラウリーが隣りに座り「昨夜はお楽しみだったようだな」と囁いた。
カスティエルは飛び上がる程驚いた。
昨夜は確かにサムもクラウリーも帰って来る前に、一連の行為を終わらせていたからだ。
クラウリーはニヤニヤとしながら、「ディーンは色気がだだ漏れだ。肌もツヤツヤ。お前とイイコトしたんだろ?仲直り出来たのか?」と訊いてくる。
カスティエルも囁き声で答える。
「仲直りでは無い。
ディーンが私を試して誘惑した。
そして私は負けてしまった…」
「だからなー硬いんだよ、お前の表現は!
何が何だか分からん!」
「何、二人でコソコソ喋ってんだよ?」
ディーンが拗ねたように唇を尖らす。
か、かわいい!!
カスティエルは思わず言葉にしそうになり、自分の口を手で塞ぐ。
クラウリーは動揺も無く、「覚えているか?昨夜お前がお座敷で潰れただろ?それを介抱してくれたのはキャスだ。その時の話を聞こうとしたのさ」と余裕で答える。
ディーンがハッとしてカスティエルを見る。
カスティエルはディーンを見られなくて、俯いてコーヒーカップを見つめる。
ディーンがバツが悪そうに「キャス、ごめんな。俺が潰れなかったらキャスも楽しい夜を過ごせたのに…」と謝ってくるが、カスティエルはコーヒーカップを見つめたまま「気にしてない」と言うのが精一杯だ。
ディーンが恐る恐る「もしかして凄く迷惑かけたのか?吐いたとか?」と訊いてくる。
カスティエルはまだコーヒーカップを見つめたまま「大丈夫だ」と一言答える。
ディーンは「そっか。でも迷惑かけてごめん。ありがとな」と言うと俯いたままのカスティエルをじっと見ていた。
朝食を終えると皆はインパラで出発した。
今日の目的地は伊豆の温泉。
途中で寄る所もある。
京都から伊豆までインパラで実際走っては時間がかかり過ぎるので、クラウリーは予め時空の空間を作っておいた。
それにディーンが運転する時間は合計1時間程だが、『日本をインパラで走った』思い出を作るようにもした。
まずは京都から大阪に行く。
たこ焼きやお好み焼き、串カツをつまんだら次は静岡だ。
クラウリーが少し遅い昼食に選んだレストランは富士山が見える所だ。
ディーンとサムはレストランのデッキに出ると「フジヤマだ!」と叫び、スマホのシャッターを切り続けている。
クラウリーが「そろそろ食事だ。席につけ」と言うと、二人がテーブルに飛んで来る。
「メニューは何だ?」
ディーンがワクワク顔で前のめりになってクラウリーに訊く。
クラウリーはコホンと咳払いをすると、自慢気に話し出した。
「神戸牛のステーキベーコンチーズバーガーだ。
ベーコンも神戸牛から作られている。
ディーンの大好きなオニオンもたっぷり入れてもらった。
このオニオンは、この店の契約農家が栽培している無農薬の最高級品だ。
フライドポテトも同じ契約農家が作ったジャガイモを使っている。
チーズはフランスからの輸入品、最高級のステーキハンバーガーだ。
それにこの店はミシュランも認めた肉料理専門店だ。
普段ハンバーガーはメニューに無いが特別に作って貰った。
ディーンはハンバーガーが大好物だろう?」
ディーンが感動した面持ちになる。
「…クラウリー!
お前本当に良い奴だったんだな…!
ありがとう!
嬉しいよ!」
「礼なんていらんよ、ディーン。
お前が喜んでくれればそれでいい。
富士山を見ながら最高級のハンバーガーを食べる。
これ以上の贅沢は中々無いぞ」
「クラウリー…!」
目の前で繰り広げられる光景にサムが苦笑しながらカスティエルに、「僕らは蚊帳の外って感じだね。クラウリーはディーンを甘やかし過ぎだ」と話しかける。
カスティエルは俯いたまま「そうだな」と言ったきり何も言わない。
「…キャス…朝から様子が変だけど、何かあった?」
心配そうなサムにカスティエルは俯いたまま「何も無い」と言った。
そうしてディーンとサムとクラウリーの三人は、特製ステーキハンバーガーセットをシャンパンと一緒にペロリと平らげた。
カスティエルは最初からいらないとクラウリーに断ったが、四人分オーダー済みだから食べろと言われ一口食べたが、それ以上は胸がつかえて食べられなかった。
するとディーンが極々自然に、「じゃあサム、半分こしようぜ」と言って、クラウリーがウェイターを呼び、カスティエルのハンバーガーをナイフで半分に切ってもらうと、当然のようにカスティエルが口を付けた方をディーンがパクリと食べた。
カスティエルは嬉しかったが、また罪悪感に襲われる。
こんなに無邪気なディーンを酔っ払っているからと自分の好きなようにしたんだ…
デザートに出てきた美しく彩られた上品なチョコレートケーキも、カスティエルは隣に座るクラウリーに、「ディーンにやってくれ」とディーンに聞かれないように小声で言った。
クラウリーから「お前から渡せばいいだろう」と言い返されたが「頼む。私は車で待っている」と言い残し、カスティエルは店を後にした。
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