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第12話

湯が波立ち、肌と肌が触れ合う。 「……ディーン?」 カスティエルが恐る恐るディーンを見ると、ディーンは真っ直ぐカスティエルを見て言った。 「俺さ…昨夜、相当迷惑かけたんだな。 キャス、怒ってんだろ? キャスが許してくれるまで、何度でも謝るよ。 だから…俺を嫌いにならないよな?」 カスティエルが目を見開く。 「私がディーンを嫌いになる!? 有り得ない! なぜそんな…!」 「だってさあ…」 ディーンが唇を尖らせる。 「お前、今朝から俺のこと避けてるじゃん」 「……!」 「キャスに避けられたことなんて無かったから…相当怒ってんなって。 でさ…とうとう俺は嫌われて愛想を尽かされたのかなって思ったら…怖くなった」 カスティエルがディーンの両肩を掴む。 「ディーン…! 違う! 悪いのは私だ! 昨夜、私は君に酷いことをした。 罪悪感のせいで君を直視出来ないし、昨夜みたいなことが起こるのが怖くて近寄れない。 私は君を傷つける!」 ディーンが微笑む。 そして静かに言った。 「俺は昨夜、良い夢を見た。 細かいことは覚えてねーけど、俺は誰かとセックス…まではしてねーんだけど、兎に角気持ち良かった。 それに俺はそいつにスゲー甘えてた。 今まで背負ってきた重荷を全部下ろして、甘えられたんだ。 きっと人生で初めて」 「ディーン…」 「その相手がキャスならいいなと思ったよ」 「ディーン…!」 カスティエルが思わずディーンを抱きしめる。 湯がざぶんと音を立てる。 「…キャス」 「何だ?」 「人類愛でいいよ」 「えっ…」 「人類愛でいいから、俺を嫌って無いなら、キスしろ」 カスティエルが身体をずらしディーンの顔を見る。 ディーンの潤んだヘイゼルグリーン瞳。 カスティエルの声が震える。 「本当にいいのか…? 私は君を傷つけるかもしれない」 ディーンはフフっと笑うと「キャスは俺を絶対に傷つけない」と言って、チュッと音を立て、カスティエルの唇にキスした。 ディーンからの、初めてのキスだった。 次の瞬間、カスティエルがディーンの唇を塞ぎ口腔を荒々しく犯す。 ディーンの口腔を余すところなく舐め回し、舌と舌をざらざらと擦り合わせると、ディーンの舌を絡めとる。 そうして舌を絡ませながら甘噛みを繰り返す。 「…んっ…ふ…ンンッ…!」 ディーンの甘く苦しそうな息が漏れる。 カスティエルが唇を離すと、ディーンはぐったりとカスティエルに凭れ掛かる。 「ディーン…愛してる」 自分の恋心は伝わらない。 そう思いながらもカスティエルは言わずにはいられない。 ディーンがより一層潤んだ瞳で、カスティエルのブルーの瞳を見つめる。 そして掠れた声で「…もう一度…」と呟く。 カスティエルが触れるだけのキスをする。 ディーンがフフっと笑って「…もう一度…」とまた呟く。 もう一度… もう一度… 甘ったるいディーンの声。 カスティエルは触れるだけのキスを繰り返えす。 ディーンはもうカスティエルの隣にはいない。 カスティエルがディーンを抱き上げ膝に跨らせると、ディーンはカスティエルの首に腕を回していた。 そんなディーンの頬をカスティエルは両手で包んでいる。 昂ったお互いの下半身が自然と擦れ合う。 だが湯のせいでもどかしく触れ合うだけだ。 ディーンがカスティエルの耳に唇を寄せ「…焦らすなよ…」と囁く。 「ディーン…」 カスティエルがディーンの頬から両手を外し、湯の中のディーンの尻をぐっと掴むと引き寄せる。 ディーンが「…キャス…ッ…」と言ってカスティエルにしがみつく。 その時、けたたましい女性の声がした。 「いやーん! ハンサム同士が温泉でイチャイチャなんて、こっちまで身体が熱くなっちゃうわ! まあ勿体ないこと!」 ディーンとカスティエルの声が重なる。 「ロウィーナ!?」 「そうよー坊や達。 ディーン、あなたもファーガスみたいに逆上せるわよ。 さっさと出なさい。 キャス。 あなたは天使だから逆上せないだろうけど、ディーンは人間なのよ」 ロウィーナはそう言うと「いい?さっさと出て」とダメ押しの一言を残し、露天風呂から出て行った。 ロウィーナの言う通り、ディーンは逆上せる一歩手前だった。 カスティエルがディーンに付きっきりで世話を焼いている。 サムとクラウリーはクラウリーの部屋で、ロウィーナの水晶玉を通してその様子を見ている。 「……これで仲直り?」と呟くサムに、クラウリーは「そう簡単じゃないのさ」と言って肩を竦める。 するとサムが「でも何でロウィーナがいるんだ?インパラにかけたまじないで追ってきたのか?」と最もな疑問を口にする。 ロウィーナが呆れたようにサムを見上げると、マシンガンの如く話し出す。 「そんな訳ないでしょう! 私はモナコでのバカンスに十分満足してたし、ついでにセレブのパーティーで金持ちのじいさんを落とすところだったのよ! それをファーガスが『カスティエルの恋の悩みを相談したい。私では手に余る。助けてくれ。』って言うから、し・か・た・な・く!インパラのまじないを使って飛んで来たのッ!」 ロウィーナの余りの剣幕にサムが後ずさりながら何とか答える。 「そ、そう。 つまりディーンとカスティエルの仲を修復してくれるってことだよね? ありがとう」 ロウィーナがギロッとサムを睨みつける。 「ファーガスから事情は聞いたけど、修復するのは簡単じゃないし、修復して前進させなきゃ何時まで経ってもあの二人は堂々巡りよ。 ディーンはカスティエルの行為を人類愛からだと信じ切っている。 ディーンはあれだけモテるのに肝心なところがズレてるのよね。 まあそこがかわいいんだけど。 そして私のお気に入りのハンサムさんのキャスは、オロオロしてる割にヤることはヤってる。 ディーンと一度でも肌を合わせてしまったから、ディーンの無意識の誘惑に勝てないのね。 つまりキャスがディーンに恋愛感情を持っていることをディーンに自覚させなきゃならないのよ」 「でもどうやって?」 ロウィーナは赤ワインを一口飲むと、サムに絶対零度の視線を送る。 サムの背筋が自然にビシッと伸びる。 「そんなの決まっているでしょう。 キャスに告白させるのよ」 「でもキャスはディーンに何度も『愛してる』って告白してる。 それをディーンは人類愛だと思ってる。 つまり I Love you じゃ駄目なんだ。 どうする?」 ロウィーナが赤ワイン入ったワイングラスをテーブルに置き、ツカツカとサムの目の前までやって来ると、指先でサムの顎をクイッと持ち上げた。 「ファーガスも同じことを言ってたわ。 でもね、I Love you よりキャスの心を伝える言葉がある。 それも二つも! これでディーンがキャスの気持ちに気付かなければ、キャスはディーンを諦めるしかない。 だけど YES と答えて貰えなくても、ディーンの心には必ず響く。 恋愛ってどう転ぶかは誰にも分からない。 やってみる価値はある。 でしょ?」 サムが頷く。 「…そうだね! やってみよう! でもその二つの言葉をただ伝えるだけでいいの? じゃあキャスを今すぐ呼んで…」 クラウリーが赤ワイン入りのワイングラス片手に「ダメダメダメ!」とサムを遮る。 「何だよ、クラウリー! 早くキャスに教えてやろうよ!」 クラウリーはコホンと咳払いをすると厳かに語り出す。 「これだから堅物サムは駄目なんだ。 いいか。 キャスが心から…そう魂からディーンに告白しなきゃディーンにキャスの気持ちは伝わらない。 そこでロウィーナと私は作戦を考えた」 ロウィーナがサムの顎から指を離すと、フンと鼻を鳴らす。 「よく言うわ! 私が立てた作戦じゃない! ファーガスだってサムと同じ位、恋愛の本質を分かってないくせに!」 「母さん! この旅行を仕切ってるのは私だ! 少しくらい華を持たせてくれても良いだろう!?」 「うるさーーーい!!」 サムの大声にクラウリーとロウィーナが同時に口を噤む。 「お前達が言い争ってどうするんだ! いいから作戦を教えろ! それにキャスに告白させる二つの言葉も!」 ロウィーナはソファに戻ると、ワイングラスを優雅に持つ。 「さあファーガス話してあげなさいよ。 これが華を持たせることになるかは分からないけど」 クラウリーは「ぐぬぬ…」と悔しそうにしていたが、サムの視線を感じてまたもや厳かに語り出す。 「明日は東京観光だ。 そして慰安旅行最後の夜に相応しく、ウィンチェスター兄弟にソープランドという天国を味あわせてやる。 キャスは悲しむだろうがな。 そしてここからが重要だ」 「ソープランドにディーンを行かせる!? キャスが悲しむと分かってて? なぜ!?」 「話を良く聞け! お前も行くんだよ! それと話は最後まで聞け!」 ロウィーナが「そういうこと」と言ってウィンクする。 クラウリーがサムに近付き、ヒソヒソと説明する。 サムはクラウリーの話を最後まで聞くと、何とも言えない困惑した顔になった。 「まあ筋は通ってるけど…。 本当に上手くいくのかなあ…」 クラウリーは「私を信じろ」と言うと、ワイングラスをサムに向け、赤ワインを飲み干した。

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