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第14話
その夜の夕食は和牛のしゃぶしゃぶのフルコースだった。
クラウリーに「黒毛和牛A5ランクの肉だぞ」と言われ、しゃぶしゃぶの食べ方を説明されると、ディーンが「クラウリー、なあもう食っていい?まだ?」と子供のようにクラウリーを急かす。
クラウリーは鷹揚に笑うと「食べていいに決まってるだろ。今日はディーンの為の牛肉デーだ」と答える。
サムが苦笑して「またこのパターンか。クラウリーはディーンを甘やかし過ぎだよね」とカスティエルに耳打ちする。
カスティエルは「そうだな」と言って小さく微笑む。
ロウィーナはどうしても外せないパーティーがあるからモナコに帰ったとクラウリーが言い足す。
そして年代物だという赤ワインを開け、乾杯を済ませると賑やかな夕食の始まりだ。
ディーンは「美味い~!」を連発し、サムも「日本人はこんなに美味しい牛肉を食べているのか!?」と驚きながら箸は止まらない。
ディーンやサム程では無いが、カスティエルも珍しく普通に食べている。
クラウリーは勿論上機嫌で、マイペースに食を進めている。
赤ワインのボトルは直ぐに空き、新しい赤ワインが届けられると、ディーンが「俺、ビールにする」と言い出した。
クラウリーが不思議そうに「なぜだ?この夕食の為に揃えた当たり年のワインばかりだぞ?それをビール?冗談だろ?」と訊いても、ディーンはビールがいいの一点張りだ。
サムが「ディーン、どうした?ここまで来てビール?折角なんだからワインを堪能しようよ」と言っても聞く耳を持たない。
クラウリーがついに折れて「分かったよ。じゃあ日本で最高級のビールを持ってこさせよう」と笑顔で言ってその場は丸く収まり、ディーンは満足気にビールを飲んで、料理を食べている。
カスティエルはそんなディーンの行動の理由が分かりすぎて胸が軋んだ。
ディーンは酔わないようにと折角の年代物のワインを飲まずビールにする程、食後に自分と露天風呂に入ることをどんなに楽しみにしているのか痛感していたからだ。
そして盛り上がった夕食もとうとうお開きになった。
まずディーンがカスティエルに小さくウィンクすると「腹一杯で眠い。寝室に戻る」と言ってリビングを出て行く。
次にサムが「明日の予定をチェックする。行きたい所があるんだ。ウィスキー一本貰ってくよ」と言ってリビングを出る。
カスティエルも「ディーンが心配だから様子を見ている」とリビングを出ようとすると、クラウリーも「私も部屋で次はウィスキーでも飲んで、読書でもして静かな夜を楽しむか」と言って二人でリビングを後にした。
カスティエルが部屋に戻ると、ディーンがベッドからガバッと起き上がった。
そして「ほらこれキャスの着替えとバスタオル」と言ってカスティエルに押し付けると、「それで皆はこれから何するって?」とワクワク顔で訊く。
カスティエルはディーンから視線を外し、「サムは明日の観光の調べ物をするそうだ。クラウリーは読書とウィスキーで静かな夜を楽しむと言っていた」と答えた。
ディーンは「良し!それなら露天風呂には誰も居ないし、誰にも会わずに露天風呂に辿り着けるな!ここの離れの部屋は全室防音になってるし」と言って、既にドアを開け外の様子を窺っている。
カスティエルがポツリと「露天風呂はやめにしないか?」と言う。
ディーンが振り返る。
「何でだよ?
約束したじゃんか」
カスティエルは言い訳が見つからず、ディーンを無言で見つめる。
ディーンは怒ってはいなかった。
ディーンの瞳に浮かぶのは純粋な疑問だけだ。
カスティエルは何とか言葉を絞り出す。
「ディーン。
あれから良く考えたんだ。
露天風呂は裸で入るものだ。
私は裸の君に我慢が出来なくなるかもしれない」
ディーンがクスッと笑う。
ディーンの瞳にはもう疑問は消えていた。
「露天風呂は風呂なんだから裸で入るのは当たり前だろ?
我慢出来ないっつーのはいつもの人類愛か?
それだったら別にいいさ。
今は慰安旅行中!
特別に許可してやる」
「…ディーン」
「ほら行こうぜ!
キャスと一緒に星を見たい」
ディーンはそう言うと部屋付きの冷蔵庫から缶ビールを二本出す。
そして空いた手で着替えとバスタオルを持つ。
カスティエルがすっと手を出し、ディーンの手から着替えとバスタオルを奪う。
「キャス?」
「私が持つ。
その代わり…」
カスティエルがディーンの片手を握る。
「ほら行こう」
「ばばば馬鹿!
こんなの恥ずかしいだろ!
手を繋ぐなんて…!」
「嫌なのか?」
「い、嫌っつーか…その…」
俯いてブツブツ言うディーンを他所に、カスティエルは手を繋いだままスタスタと歩いて行く。
「ヘヘ…。
何か嬉しい。
お前もやっぱり一緒に星が見たかったんだ…」
ディーンがカスティエルに手を引かれながら呟く。
それがどんなに残酷な言葉かも知らずに。
だがカスティエルは前を見て微笑み、「そうだ」と一言だけ言った。
露天風呂からは、星空が素晴らしく良く見えた。
細いナイフのような三日月も星空を彩っている。
「あーやっぱり夜の露天風呂は正解だったなー」
ディーンは夜空に釘付けだ。
カスティエルも夜空を見上げる。
確かに美しいと思う。
だがカスティエルの視線はディーンの横顔に向いてしまう。
蒸気してほんのりピンク色に染まった頬。
そこに長い睫毛が落とす影。
すっと整った鼻梁。
形の良い完璧な唇が、風呂のせいかビールのせいか、赤く染まって艶めいている。
ディーンがカスティエルの視線に気付き、カスティエルに向かって小さくウィンクをする。
ただそれだけで、ロウィーナの忠告など塵も同然だ。
カスティエルがディーンの肩に手を伸ばし引き寄せる。
ディーンはまだ夜空を見上げながら、カスティエルの腕の中で、カスティエルの身体に身を預ける。
「なあキャスも正解だったと思うだろ?
星、綺麗だろ?」
「ああ。
だが君程の魅力は無い」
ディーンがカスティエルの頬を軽くつねる。
「そーゆーのはいいからっ!
一緒に綺麗な星が見られて俺は嬉しい!
お前は!?」
「嬉しいに決まってる」
「それで良し!
あー露天風呂がこんなに良いモンだったなんてなー。
日本人はスゲーな!」
ディーンはそう言うと缶ビールをごくごくと飲む。
そして空の缶ビールを露天風呂の外に放り投げると、カスティエルを見上げニカッと笑って言った。
「当ててやろうか?」
「……何を?」
「これ!」
ディーンが湯の中に手を突っ込みカスティエルの雄を掴む。
余りに突然のことにカスティエルは動けない。
「やっぱり勃ってた。
そろそろ人類愛が溢れる頃かな~って思ってたんだ」
ディーンは悪戯でもするように、既に昂っているカスティエルの雄を指でやんわりと扱く。
「……ディーン、止めろ。
後悔するぞ…」
カスティエルは頭をクラクラさせながら、何とかディーンに警告する。
ディーンは「後悔?何で?いつもはお前がしてばっかりだから、俺がしたっていいだろ?」と無邪気に笑う。
カスティエルは湯の中のディーンの手首を掴むと、湯の中から引き上げた。
そしてディーンの両肩を掴み、身体ごと自分に向かって振り向かせる。
「キャス?」
キョトンとしているディーンをカスティエルが睨みつける。
「もう人類愛でいい。
私の本当の気持ちなんて伝わらなくていい。
君の誘惑に私は絶対に負ける。
君を愛しているから負けるんだ。
君に愛されていない私が勝てる筈は無い。
良く分かった。
今のままでいい」
カスティエルの厳しい宣告にディーンの顔色が変わる。
「……キャス…言ってる意味が分かんねえ…」
「分からなくていい」
カスティエルがディーンの腰を掴み露天風呂の縁に座らせる。
「ディーン、足を開け」
「キャス…?ちょっと待てよ…俺、何かした?」
「ディーン。
人類愛を我慢出来なくても別にいいんだろう?
今は慰安旅行中だから特別に許可してやると君は言った」
「そ、そうだけど!
なあ、こんなの…キャスらしくねーよ…!」
カスティエルが黙ってディーンの両足を左右に開く。
ディーンは足を閉じようとするが、太腿を掴まれていて、動けない。
普段のカスティエルとは思えない、凄い力だった。
それにこのままの体勢では後ろに倒れてしまうので、両手は床に付くしかない。
そのせいで余計にカスティエルに腰を突き出す格好になってしまう。
カスティエルがディーンの雄をペロリと舐める。
「…アッ…キャス…!」
カスティエルがディーンを見上げる。
その瞳は何かが渦巻いている。
ディーンの見たことも無い、何かが。
ディーンの背中に悪寒が走る。
カスティエルがディーンの顔を見つめたまま、淡々を告げる。
「君が自覚しているかは知らないが、君は感じ出すと声が大きい。
ここは外と同じだ。
気を付けろ」
「…キャス!待てっ!待てって…」
ディーンの言葉は最後まで言えなかった。
カスティエルが、始めたせいで。
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