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第16話
クラウリーの部屋の扉がガンガンと叩かれる。
「…全くアイツは…」
クラウリーはため息混じりに「はいはい今開けるよ」と言って扉を開ける。
ディーンが転がるように飛び込んで来るのを、クラウリーが優雅な仕草でヒョイっと避ける。
「朝から元気なヤツだな。
どうかしたのか?」
「キャスはどこだ!?」
「キャス?
キャスは天界か、アメリカの何処かだろう?
元同志を助けに行ったんじゃないのか?」
「嘘だ!
サムは騙せてもお前は騙せない!
お前は本当のことを知ってる!
早く話せ!」
「ディーン。冷静になれ。
悪魔は天使に勝てない。
つまり天使は悪魔を欺くことなんて簡単だ。
私は昨夜挨拶に来た時に聞いたキャスの話を信じている。
それ以外答えようが無い。
それより朝食の時間だ。
リビングに行こう」
「朝メシなんてどうでもいい!」
ディーンが力一杯叫ぶ。
ディーンの瞳が潤んでいるのを見て、クラウリーがフッと息を吐くと言った。
「ロウィーナ。
出て来てディーンに説明してやってくれ」
すると今迄誰も居なかった一人掛けのソファにロウィーナが現れた。
「ディーン…」
ロウィーナのやさしい声。
滅多に見せない悲しそうな眼差し。
「…やっぱりいい!」
ディーンがロウィーナに背を向ける。
するとさっきとは比べようも無い厳しい声が飛んだ。
「いいえ、聞きなさい!
ファーガスは朝食を済ませて来て。
私はディーンと話すわ」
クラウリーはちょっと肩を竦めると「仰せの通りに」と言って部屋を出て行く。
音も無く扉が閉まると、ロウィーナがやさしく言った。
「ディーン。
せめて私を見て」
「…嫌だ」
「そう。
それならそのままでいいから聞いていて。
昨夜キャスがファーガスとサムに挨拶に来たのは本当よ。
ファーガスもサムと同じ話しか知らないわ。
でも私には謝りに来たの。
わざわざモナコのホテルまで」
「…謝る?」
ディーンが振り向く。
その瞳が潤んでいるのを見て、ロウィーナが立ち上がり、ディーンの目の前まで行く。
そしてディーンの頬を両手で包んだ。
「ロウィーナ…?」
「ねえディーン。
あなたは特別な人間よ。
あなたはとても強い。
それに正義感も強くて慈悲の心も持っている。
天使や悪魔、怪物まで魅了する、誰もが羨む美貌もね」
ロウィーナがウィンクをして話を続ける。
「その反面、あなたは根っからのハンターよ。
お父さんから英才教育を受けた天才だわ。
もし私とファーガスがこれから意味も無く人間を傷付けたり殺したりすれば、あなたは躊躇無く私達を消し去るでしょう。
とても高潔な魂の持ち主なのよ。
だから天使や悪魔まで惹き付ける。
だけど高潔であるということは、孤独であるということだわ。
あなたに友達なんていない。
出来ないのよ。
あなたレベルの人間はそうそう存在しないから。
だからあなたには家族が全て。
そんなあなたに初めて友達が出来た。
そして親友になれた。
あなたはとても嬉しかったでしょう。
だからその親友を家族として迎い入れた。
とても幸せなことよね」
「……キャスのこと言ってんのか?」
ロウィーナがふふっと笑う。
「キャスのことを聞きにきたんでしょう?
勿論、そうよ」
「回りくどい話はいい!
俺は今何処にキャスがいるか知りたいんだ!
お前に謝ったって何で!?」
「ほら、そこよ」
「え?」
「キャスは親友。
キャスは家族。
あなたはキャスが絶対に自分から離れないと思っている。
それにキャスの人類愛まで受け止めているんだから、傍にいるのが当然だと思っている。
それにキャスは初めて会った時から、あなたに夢中ですものね。
じゃあキャスは?
キャスは今のまま、あなたの傍にいて幸せなの?
考えたことも無いでしょう?
だってあなたは幸せだもの」
ディーンが言葉を絞り出す。
「ロウィーナ、頼む。
キャスは何処にいる?
何を謝った?
それだけ教えてくれ」
「ディーン。今の私の話を分かってちょうだい。
そしてキャスを救ってやって。
キャスはあなたに人類愛なんかじゃ無い、自分の本心を伝えようとしていた。
その相談に私が乗った。
でも昨夜あなたに拒絶されて諦めて暴走した、わざわざ相談に乗って貰ったのに約束を守れなくて済まないと謝ってきたの」
ディーンが目を剥く。
「拒絶なんかしてねえ!
俺はちゃんとキャスの人類愛を受け入れた!
それどころか俺の方から人類愛を受け入れるきっかけまで作ったんだ!
それにどんなに恥ずかしいことをされても逆らわなかった!
この俺がだぞ!?」
「だから人類愛なんかじゃないと言っているでしょう!」
ロウィーナにピシャリと言われて、ディーンが黙る。
少しの沈黙の後、ディーンが口を開いた。
「…人類愛じゃなきゃ何なんだよ…?」
ロウィーナがにっこり笑う。
「それは自分で考えて。
それと私はキャスがいる場所は知らない。
そして万が一キャスが現れてあなたにある告白をしたら、あなたは家族と親友を失う覚悟で本音を答えて」
そしてロウィーナはディーンの頬にキスをすると、煙のように消えた。
ディーンは食欲が無いからと朝食を食べなかった。
女将がそれではと、朝食のメニューを持ち帰りにしてくれた。
サムが午前中は日光東照宮を見に行きたいと言い出し、クラウリーとディーンも賛成した。
サムが「本当は京都の寺社巡りをしたかったのに、クラウリーが兄貴を喜ばそうとして大阪にジャンクフードを食べに行ったせいで、何処にも行けなかった!世界遺産の日光東照宮には絶対に行く!」と鬼気迫る勢いで言ったからだ。
キャスはいないので、インパラの助手席にはサムが座っている。
クラウリーが作った時空の空間を走ったので、旅館から三分で日光東照宮に着いた。
サムは門構えを見ただけで「素晴らしい!これこそ東洋の神秘だ!なんて偉大な文化なんだ!」と興奮してスマホで写真を撮りまくっている。
クラウリーも「私もこのアートは好きだ。但しバリアを張っておかないと、聖域のせいで肌がチクチクする」と愚痴めいたことを言いながらも、笑顔でディーンに二人で自撮りをしようと誘う。
ディーンも笑顔で自撮りをOKしたし、自分でもスマホで写真を熱心に撮った。
サムが「ディーンがこういう所に興味を持つなんて珍しいね」と不思議そうに言う。
ディーンは「キャスが戻って来たら見せてやるんだよ」と答えると、黙々と写真を撮る。
サムとクラウリーが目と目を合わせてお手上げのポーズを取る。
ディーンはそれから何処に行っても、その態度は変わらなかった。
昼食に秋葉原のメイド喫茶に行っても、午後には渋谷や原宿に行ってブラブラしながら買い物をしても、店員の女の子にはいつもと変わらないディーンだが、それ以外は黙々と写真を撮っている。
ただ、原宿で虹色の巨大綿あめを買って三人で食べ、勿論三人の写真も店員に撮ってもらい、ディーンはまたファンタジーな内装の店内の写真を黙々と撮りまくり、帰りに持ち帰り用のカップに入った綿あめを二つ買った後、ポツリと「キャスが帰ってくるまでに、この綿あめ食べられるかな」と言った。
それが余りに寂しそうで、サムはディーンの肩を抱き、「賞味期限がきたらさ、またクラウリーに連れて来て貰えばいいよ」と言い、クラウリーも「キャスなら飛んで来れるから心配無い」と付け加えた。
それにクラウリーは「今夜の夕食は銀座でミシュラン星付きの天ぷらだ!その後は新宿で貸し切りのソープランド!夜食に名店のラーメンなんてどうだ?」と笑顔で続ける。
サムが「ソープランドって具体的にどんな所?」と訊くと、クラウリーはニヤリと笑い「男のロマンだよ!本物の天国より天国だ!このむっつりスケベが!」とサムを肘でつつき二人が笑う。
ディーンもそんな二人を見て笑う。
手に持つ儚い虹を壊さないようにしながら。
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