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第5話

「妖精王!?」 ディーンとサムとチャーリーが一斉に叫ぶ。 カスティエルが至極真面目に「そうだ」と答えるとディーンが笑い出した。 「妖精ってあれだろ? 生クリームが大好きな働き者の小人。 ラプラコーンとか言うヤツが第一子をさらって契約する。 そういや、サミイちゃんの見えないオトモダチのサリーも妖精だったよな」 ジロっとディーンを睨むサムを無視してディーンが続ける。 「その王様? 呑気な王様じゃねーか。 怪物よりもっと悪いって…笑えるな~」 あははと笑うディーンだが、カスティエルが無表情で一瞥すると黙った。 カスティエルが厳かに語り出す。 「ディーン。妖精は人間が考える程、身近でも親しみやすい存在でも無い。 妖精は我々天使と同じ系列で、序列は下だが神が人間の為に創られた。 違っているのは、我々天使は神の戦士で神の命令を直ぐに実行に移せるように天界に居るが、妖精は人間に夢や教訓を見せる為のファンタジーで、独立した異なる次元の世界を持っているということだ」 「でもサリーは僕の傍…つまり地球に存在したし、サリー達の一族もいた。 つまり異なる次元から地上に来てるってこと?」 カスティエルが頷く。 「そうだ、サム。 違う次元と言っても、例えるなら一枚の透明な紙で隔てられているだけの世界で、選ばれた妖精は条件を満たせば妖精の世界から簡単に地上に行き来できる。 神は人間を愛しているから、人間に楽しい夢やお伽噺の世界を稀に垣間見せて楽しませようとして実現させたのが妖精だ。 それにまだ人間が今程文明的に進化していなくても、その夢を教訓にも使える。 そして妖精の世界は宇宙の法則と同じで、陰と陽のバランスで出来ている。 だから善良な妖精もいれば、ずる賢い妖精もいる。 ただ、悪魔や怪物のように邪悪では無い。 けれどその分、解釈が広い為統制するのが難しい。 それを一手に統括し支配するのが妖精王なのだ」 「でもさあ」 チャーリーが頬杖を付いて、疑問に満ちた上目遣いでカスティエルを見る。 「悪魔や怪物のように邪悪じゃ無いんでしょ? それなのに何で妖精王が見えるようになった私は拷問されたの?」 カスティエルが眉間に皺を寄せる。 「チャーリー。拷問では無く清めの儀式と言ってくれ。 チャーリーは妖精王の血に触れたから、妖精王が見えるようになった。 妖精王の血に触れた者は、24時間以内に清めの儀式を行わなければ、生きながら幽霊になるんだ」 「生きながら幽霊になる!? じゃあ私、死んでたの!?」 チャーリーの叫び声にカスティエルが重々しく頷く。 「そうだ。 徐々に弱って行き、死を迎えるが、本人は自分が死んだことが分からないし、死神も来ない。 悪霊になって永遠に彷徨い続ける。 運良くディーンやサムのようなハンターに見つけてもらえるまで」 ディーンがビールを飲み切ると、ビール瓶をくるっと手の中で回しテーブルに置くと、「じゃあ俺とサムは?スマホのカメラ越しでヤツを見たぜ?あとお前は天使だから見えたってことか?」と訊く。 カスティエルは表情を変えず答える。 「そうだ。 私は天使だから同じ系列の者は見える。 それと生きながら幽霊になるのは、妖精王の血に触れ肉眼で見た者だけだ。 君達は妖精王の血に触れていないし、肉眼で見ていない」 「じゃあ妖精王の血に触れなければ妖精王は見えないんだ?」とサム。 カスティエルがため息をつく。 「それが…そうでも無い。 妖精王が存在を見せたいと思った人間には、見えるようになる。 まじないなどでは無く、妖精王がそう思っただけで。 見えなくなるのも同様だ。 妖精王が見せたく無いと思ったら、その瞬間から見えなくなる。 妖精王は一癖も二癖もある妖精を束ねるだけあって強力な存在なんだ」 「でもアイツ怪我してたぜ? 傷口は分かんなかったけど。 血塗れだったじゃねーか。 妖精王を倒す方法はあるんだろ?」 そうディーンが事も無げに言うと、サムとチャーリーがハッとして目を合わすと、うんうんと頷く。 カスティエルが腕を組み、またため息をつく。 「妖精王は親である妖精王が死んだ時、男女問わず直系の第一子が王座を継ぐ。 つまり今の妖精王の親は亡くなっている筈なんだ。 そこが分からない…。 妖精王を傷つけられるのは、妖精王よりも強力な血縁者だけだからだ。 つまり誰も存在しないということだ。 それに地上に来た目的も分からない。 妖精王は殆どの生涯を妖精の世界で終える。 地上に来るのはそれ相当な理由がある時だけだ。 それと彼は妖精王だから自己回復能力がある。 だから傷口は既に回復されていた可能性もある。 しかし私を含めた天界の天使達も、怪我をした妖精王を見たことが無いので確証は無い。 兎に角、目的が分かる前に回復されて、地上で自分勝手な行動を取られては困る。 妖精王の能力は計り知れない。 だから鉄の鎖で繋いだ。 妖精王は純金と自然の鉱物しか身に付けられないから、妖精王の力を封じられる。 私はこれから妖精の世界に行って、妖精王が地上に現れた理由を探って来る。 勿論、誰になぜ襲われたかも」 ディーンが立ち上がり「俺も行く」と言う。 カスティエルも立ち上がる。 そして厳しい声で「駄目だ」と返す。 「何でだよ!? 俺も力になる! キャス一人でそんな訳分かんねーとこに行かせられない!」 「ディーン。分かってくれ。 妖精の世界はまじないや呪いで溢れている。 私は天使で妖精達よりかなりランクが上の存在だ。 だから妖精達も私を畏れはすれ、攻撃などは仕掛けてこない。 もし攻撃されたとしても私は全く影響を受けないし、それでも私を阻むようなら片手で倒せる。 だが君は人間だ。 妖精は人間が好きだから、悪戯でまじないや呪いを仕掛けてくる可能性が高いんだ。 人間に慣れている妖精なら程度が分かっているが、人間を初めて見た妖精達は舞い上がり、君を楽しませようとまじないをかけたり冗談のような呪いをかけたりするだろう。 それが君の命を奪うことになるかも知れないとも知らずに。 だからここに残って妖精王を見張っていてくれ。 そして異常があったら私を呼べ」 「嫌だ! サムに見張らせる!」 サムが小声で「僕は決定なんだ…」と呟くと同時にチャーリーが立ち上がり、走ってディーンの元に行くと、ディーンの頬を平手で思い切りひっぱたいた。 「…チャーリー?」 目を丸くしているディーンに、チャーリーが「目を覚ませ!戦友!」と怒鳴りつける。 「キャスの話をちゃんと聞いてたの!? キャスの話は筋が通ってる! キャスが言えないなら私が言う。 妖精の世界ではディーンは足手まといなのよ! キャスなら危険も無く、妖精王の事情を調べられる。 でもディーンが一緒に居たら、キャスはディーンを守りながら調べ物をしなければならない。 非効率だし、キャスはわざわざ危ない橋を渡ることになるのよ!」 途端にカスティエルがオロオロし出す。 「チャーリー…そこまで言わなくても…」 「言わなきゃ分かんないのよ! この単細胞!」 ディーンはムスッとした顔になると、何も言い返さず、ずかずかと歩いてリビングを出て行った。 ディーンが居なくなったリビングでは、チャーリーが未だプンプンと怒っていた。 「ディーンはいつもだったら『俺は兄貴の役割を果たす!俺は弱音は吐かねぇ!』とか言って皆を有無を言わせず引っ張って行く癖に、キャスには拗ねるってどういうこと!?」 サムは「それがディーンなんだよ」と答えると、パソコンに向かい妖精王について調べている。 カスティエルはと言うと、椅子に座り手を組んで考え込んでいた。 その時、チャーリーが「そう言えばキャスに大事なことを聞いてない!」と言い出した。 カスティエルが「何だ?」と訊く。 「大きな木がどうとか言ってたじゃない? あれも妖精王に関係あるの?」 「ああ、それか。 妖精王は地上に来ることは殆ど無いと言ったろう? だが妖精王が地上に来るたった一つの方法がある。 妖精王が地上に来る時と帰る時に、樹齢千年以上の木が必要なんだ。 その木の月影が、地上と妖精の世界に通じる妖精王の為の扉になる」 「へぇーロマンチック!」 サムが苦笑する。 「ねえキャス。 今直ぐにでも妖精の世界に行って調査したいんだろ? ディーンと仲直りして、早く行ってきなよ。 僕らは大丈夫だから。 地下の監禁部屋にはキャスが帰って来るまで、絶対に入らないから」 キャスは微笑むと「ありがとう、サム」と言って、リビングを後にした。 カスティエルがディーンの部屋まで来ると、扉が少しだけ開いていた。 それでもカスティエルが律儀にノックをすると、「入れよ」とディーンのぶっきらぼうな声がした。 カスティエルが静かに扉を開け、ディーンの部屋に入る。 ディーンはデスクにパソコンを開いていた。 「何だ?」とディーンがパソコンの画面を見ながら言う。 カスティエルがボソボソと気まずそうに答える。 「君が怒ってしまったから…。 理由は分からないが。 このまま別れるのは良くないと思って話し合いに来た」 「話し合いね…」 ディーンがくるっと椅子ごとカスティエルに向かって振り返る。 そしてニカッと笑う。 「俺は別に怒って無いぜ。 怒ってたのはチャーリーだろ。 話し合いする必要なんてねーし、早く妖精の世界ってとこで調査してこいよ」 「ディーン…私は…」 「分かってるよ。 俺達を危険に晒せないから一人で行くんだろ? チャーリーに引っぱたかれて目が覚めた。 単に俺のわがまま! だから行ってこい」 次の瞬間、カスティエルがディーンをぎゅっと抱きしめる。 「…キャス…?」 「そんなに悲しそうな顔をするな」 「ばっ馬鹿じゃねーの! 俺は全然悲しくないし、笑ってるだろ」 「いや。君の瞳を見れば分かる。 それに作り物の笑顔が痛々しくて、私はどうしたらいいか分からないほど辛い」 ディーンも黙ってカスティエルにぎゅっと抱きつく。 「ディーン。分かってくれ。 妖精王が地上に現れたんだ。 何かを成す為に。 神によって妖精王が創造されてから、地上に現れた妖精王は一人もいない。 妖精王は妖精を愛し、その妖精達の住む妖精の世界を愛し、王として満足している筈なんだ。 だがあの妖精王は違う。 何が目的なのか知らなければ人間を守れないし、戦えない。 私を行かせてくれ」 「……さっき、このまま別れるのは良くないって言った…」 「そうだ」 ディーンはカスティエルを抱きしめていた手を離すと、カスティエルの腕の中でモゾモゾ動き、顔を見せると、両手でカスティエルの頬を包んだ。 カスティエルは涙で頬を濡らしていた。 「…さよならはお前が言った。 それなのに何でお前が泣くんだよ」 そう言うディーンのヘイゼルグリーンの瞳も涙を帯びて、キラキラと光っていた。 カスティエルが自分の頬を包むディーンの手をそっと掴み、外す。 「ディーン、目を閉じろ」 ディーンが素直に瞳を閉じると、カスティエルが左右の瞼の上にそれぞれキスを落とす。 ディーンがゆっくり瞼を開ける。 そして、小さく、しかし断固として告げる。 「絶対に生きて帰って来いよ」 「ディーン、愛してる」 「…知ってる」 そしてカスティエルはディーンの唇に触れるだけのキスをすると、やさしく微笑み、「直ぐに戻る」と言って部屋を出て行った。

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