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兄と幼馴染_貮

 しばらくすると、正吉が平八郎の部屋へとやってきた。 「紗弥さんに聞いたぜ。おめぇ、晋さんに稽古をつけてもらったんだって?」  珍しいなと言われて、 「剣もまともに扱えぬようでは戦えぬからな」  だからだと唇を尖らせれば、胡坐をかいて座り平八郎の頭をなでた。 「そうかい。頑張ってんな」 「だろう? なぁ、正吉も兄上から剣術を学ばぬか?」  辛い稽古も正吉がいれば半減するかと思ったのだが、平八郎の考えなどお見通しのよいうで、 「いくら名字帯刀(みょうじたいとう)を許されているとしても嫌だね」  と断られる。医者にも名称を名乗り刀を所持することを許されているのだが、刀は持っていない。 「そうか」  正吉は医者として忙しい身だ。それに剣術を学ぶ必要もない。 「俺の腕っぷしはそこそこ強ぇぇから、おめぇを守ることは出来るしよ」  まぁ、確かに小さな頃から喧嘩は強かった。自分よりも体格の良い相手にも引けを取らなかったくらいだから。 「お主が強い事は知っているよ。小さな頃からずっと見ていたからな」 「なッ」  その言葉に何か躊躇うような表情を見せ、それから平八郎から顔を背けた。  どうやら平八郎が言った言葉に照れたようで。それに気が付き、 「なんだ、お主、照れておるのか?」 「はっ、照れてなんかねぇや」  目の下をほんのりと赤く染めて口元を手で覆い隠す正吉に、珍しく平八郎の方がやりこんでいた。 「どうれ。顔を見せてみよ」  調子にのって正吉の顔を覗き込むようにすれば、身体が痛んで「痛ぃ」と動きが止まる。 「へっ、天罰だな」  と痛い個所を叩かれて涙を浮かべる。あっという間に正吉に形勢逆転されてしまった。 「おめぇが俺を負かせようなんざ、百年はえェよ」  当て布を取り出し芋薬を塗り、それを平八郎が痛いと訴える箇所へと貼っていく。  里芋、小麦粉、生姜を混ぜてつくった炎症を鎮めてくれる作用があるという。 「今日はおとなしく寝てな。傍にいてやっからよ」  診療所も休みで予定が無いのだという。  一緒に居られるのはすごく嬉しい。正吉が傍にいると落ち着くし、一緒に話をするのも楽しい。  それが顔に出ていたようで正吉もそんな平八郎を見て口元を緩めていて。正吉も自分と同じ気持ちなら嬉しいなと平八郎は思った。  丁度、芋薬を貼り終えたあたりで、 「平八郎、入りますよ」  と紗弥が襖を開けてお盆を手に中へとはいってきた。 「羊羹」  先ほどの言葉を思いだし、つい声に出てしまった。 「平八郎、はしたないですよ」  と叱りつける紗弥にすみませんと頭を下げる。 「はは、平八郎は子供だな」 「全くです」  笑う正吉に呆れる紗弥に、恥ずかしくて平八郎は頬を染めて俯く。 「正吉、ゆっくりしておいきなさいね」  そういうと紗弥が部屋を出ていく。 「ほら、平八郎」  羊羹とお茶をお盆に乗せたまま手渡され、それを受け取る。  少し濃いめのお茶と甘い羊羹は絶妙に合う。 「美味そうな顔して」 「だって美味いもの」  と大きく口をあける。そんな平八郎を見ながら微笑んだ正吉が自分のを一切れ皿にのせてくれた。

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