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兄と幼馴染_肆

<晋>  今まで一度たりとも自分から剣術を教えて欲しいと言ってきた試はなく、やっと武士の子らしい姿を見れて嬉しく思った。  だが急に稽古をつけて欲しいと頼まれたのには訳があり、兄の輝定によってその理由を知る。  祖母は既に亡くなっていたのでどんな人かは知らない。父親からも聞いたことはなかった。  ただ、女ながらに見事な剣の腕前であったということを通っている道場で師匠から聞いたことがある。  祖母は人ならぬモノと剣を交え、その力が平八郎に受け継がれたという。  名につけられた「八」の意味は腰に差す刀の名から一文字をつけ、力と共に受け継ぐものだそうだ。 「力になってやってくれ」  平八郎が望まなくとも力は目覚め、幻妖を見る事が出来るようになってしまったし、向こうからも力を持つ者は敵という認識で襲われてしまう。  今の平八郎では力不足故に守ってほしいとも言われた。  もちろん平八郎のためならば喜んで手も貸す。何があっても守ってやりたい。 「平八郎」  襖越しに声を掛けるが返事がなく、寝ているのかと襖を開ければ、そこに別の姿を見つけて怒りがこみ上げる。 「貴様、平八郎の部屋で何をしている」  寝ている平八郎の隣。横になり、髪へ触れていた。 「触るな」  と手を払いのけると、正吉の目が細められる。 「一体何の用で?」  ただ、友というだけの存在のくせに、理由をたずねてこようとは。  平八郎が頼ったのは自分であり、傍で見守るのは晋の役目だ。正吉はお呼びでない。 「おぬしには関係ない。俺は平八郎に用がある。この部屋から出ていけ」  部屋から追い出そうとするが、正吉は晋を見てへっと鼻で笑う。 「嫉妬丸出しじゃねぇか」 「何っ」  頭に血が上り、正吉の衿をつかんで引っ張り上げる。 「平八郎の隣に俺がいるから気にくわねぇってか?」 「ふざけるな。貴様など頼りにもされておらぬ癖に」  そのまま突き飛ばすように離すと、正吉が尻もちをつく。 「乱暴なこったで」  口元に笑みを浮かべながら目は射るように晋を見ている。それが気にくわなくて殴りかかろうとすると腕をつかまれてしまう。 「貴様」 「黙って殴られっかよ。なぁ、頼りにされてねぇとか言ってたけど、もしかして平八郎の刀と八のことかい?」 「なっ、それをなぜ知っている」  正吉も知っていることに驚き、そしてあることに気が付いた。お呼びでないのは晋の方なのではないだろうかと。 「貴様に平八郎はやらぬ」  正吉が平八郎に対して持っている感情は晋と同じものだ。それゆえにけして譲れない。 「はっ、そいつは平八郎が決めるこった」  と、平八郎の頬をなでると、くすぐったいと笑みを浮かべる。  なんて幸せそうに笑うのだろう。自分には決して見せたことが無い表情だ。 「くそぉぉぉ」  悔しさと怒りで感情が抑えきれず晋は部屋を後にする。  晋と平八郎は従弟の関係だ。両親をはやり病で亡くし輝重の養子となった。  父親と兄は自分を受け入れてくれ家族の一員となった。そして新しい命も誕生した。  小さくて、頬がぷくぷくで甘いにおいのする可愛い存在。兄として守ってあげたいそう思っていた。だが、成長するにつれ、家族として親情ではなく恋愛感情を持つようになってしまったのだ。  自分は平八郎の兄なのだからと恋する気持ちを奥底へとしまいこみ、けして想いを伝える事無く見守っていこうとそう思っていたのに、奪われることがこんなにも悔しいとは思わなかった。

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