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嫉心_捌
「え?」
どろり。
黒い霧が紋次の足元から立つ。
『冗談ジャネェ、俺ノ……』
それは一気に膨れ上がり、紋次を包み込んだ。
「なっ」
「平八郎?」
幻妖だ。
紋次の怒りと、平八郎の見える目が、幻妖をひきよせたのか。
「正吉、離れて」
「何」
掴んでいた手を振りほどき、紋次が走っていく。
「待ちやがれ」
その後を弥助が追いかける。続いて平八郎と正吉も追った。
二人の差は次第に開き、そして、人けのない場所へと着くと、先についた弥助が紋次と小刀を手に戦っていた。
憎しみのこもった眼を向け、紋次が小刀を振るい、それを受ける弥助の小刀がぶつかり、キンと高い刃音が響く。
体勢を整えて素早い動きで斬りかかってくる紋次に、弥助は次第に押されはじめた。
このままでは弥助が危ない。
囚われた紋次の力は更に増幅し、黒い霧が弥助を飲み込もうとしていた。
「なんだこれは」
囚われた者の側に居れば影響を受けて見えるようになる。今、弥助の目には黒い霧が見えているのだろう。それを払うように手を動かしている。
「いけない、弥助が」
戦うと決めて剣術を学ぶようになった。霧を斬れば弥助は助かる。
だが、足は止まったまま、一歩も動こうとしない。
「くるんじゃねぇよっ」
怯えながら後退りをしていく。
『ヤラヌゾ、銭ハ全テ俺ノ物ダ』
ふらふらと身体を揺らしながら、小刀を構えて弥助の方へと向かっていく。
「弥助、くそ、戦うんじゃなかったのか、俺は」
足を叩き、動けと心の中で叫ぶが、やはり動かない。
「おい平八郎、俺が紋次の動きを止めてやっからよ、それならでぇ丈夫だろ?」
頭に手をのせ、ニカッと笑う。
「正吉」
平八郎を安心させるように、正吉の思いがじわりと全身を解していく。
「正吉、俺はもう大丈夫だ。だけど、どうやって隙を作るんだ?」
「あん? こうやってだよ」
平八郎の脇差を抜き取ると、紋次めがけて走っていく。
「加勢するぜ」
と弥助の隣に並ぶ。
「いけませんぜ、あぶねぇですから下がっていてくだせぇ」
弥助も正吉を止めようとするが、斬りかかる紋次の小刀を脇差で受けて力で押し返すと間合いができ、正吉が脇差を構えた。
「大丈夫だ。正吉は強いから」
「え、どういうことで」
正吉は平八郎の父親に頼まれ、十二の時から剣術を学んでいる。それを知ったのは晋が幻妖に囚われたときだ。
何度も斬りあっているうちに、正吉が押し始めた。後、一歩。だが、
『銭ハ奪ワセヌ。全テ俺ノ物ダ』
黒い霧が膨れ上がる。
「そんなに銭が大事かよ」
一度、幻妖に囚われそうになったこともあり、正吉は落ち着いている。
黒い霧がその身に襲いかかろうが、真っ直ぐと紋次の動きに目をやる。
だが、それも時間の問題だ。平八郎が払わぬ限り消えはしないのだから。
「紋次は銭に執着がある、先ほども銭を質屋の主に取りかえされて憤怒していた」
そうか、財欲か。
幻妖は欲にかられた生き物の隙に入り込み、その欲を増幅させて生を奪うと、住職が話していたではないか。
平八郎は懐から小銭入れを取り出して、地面の上に中身をばらまいた。
「は、成程」
正吉と斬りあっていたのに、銭を見た瞬間、こちらへと向かってきた。
「よし、弥助、縄」
それで動きを封じれば、平八郎でも紋次を貫ける。
「へい。お縄につきやがれ」
と縄を足元に絡ませ、倒れそうになる、その時、
「今だ、平八郎」
「あぁ」
腰の刀を抜くと淡く桃色に光っている。
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