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嫉心_玖
体勢を引くし、平八郎は紋次の心の臓をめがけ、八重桜で貫いた。
その瞬間、桃色の光がまるで花弁のように舞い、幻妖を消し去った。
「綺麗……」
弥助が惚けた顔で平八郎と刀を見ている。
紋次が崩れ落ち、それで我に返ったか、慌ててその身を調べた。
「え、傷がない」
「あぁ。これで斬るのは幻妖のみだからな」
これで人を貫くのは二人目だ。だが、それでも怖い。
「でぇ丈夫か?」
「あ、あぁ」
いや、大丈夫じゃない。力が抜けて地面に座り込んだ。
「全く、強がるんじゃねぇよ。怖ぇんだろ?」
落ち着くまでこうしていてやるよ。そう正吉は抱きしめてくれる。
温かいな。胸に耳をあてれば心の臓の音がする。
「伊藤様、これって一体……」
「弥助にも説明をせねばならぬな」
少し落ち着いた。もう平気だと正吉に告げ、立ち上がる。
「一先ずは、紋次を奉行所へ。話はその後でな」
気を失っているので、縛り上げた後に正吉が担ぎ上げる。
「伊藤様、正吉さん、ありがとうございました。あっし一人じゃお縄にすることができなかった」
「いや。上役思いの配下がいるから、お縄に出来たのよ。なぁ、平八郎」
「その通りだ」
将吾が得た情報を無駄にしなかった弥助の手柄だ。
奉行所へとつくと紋次の身柄を弥助に預ける。話は後日ということになり、送るよと正吉と一緒に伊藤家に向けて歩きはじめた。
「なぁ、父上に頼まれたからといって剣術を習っていたが、正吉はそれで良かったのか?」
正吉は薬屋の嫡男なのだから家を継がねばならない。それなのに危険なことをさせているのだ。
「良いんだ。俺はよ、輝重様におめぇを任せられたのが嬉しかったし、剣術は楽しいしよ」
「家のことは」
「弟に全て任せた」
それは覚悟を決めてあるということなのか。正吉の人生を自分がかえてしまったのかもしれない。
「正吉、すまぬ」
「よせ。おめぇが頭を下げる理由はねぇ。俺はな、感謝してるのよ」
「それは……」
「幼い頃にさおめぇと出逢えたから、今の俺があるんだぜ?」
と頭を撫でられる。
「正吉」
「ほら、そんな顔をしてっと、晋さんに俺が睨まれるだろうが」
「はは、そうだな。正吉が俺を苛めたと思うかもしれぬな」
厳しいことも言われるが、家の中で一番の過保護なのだ。
「ありがとう、正吉」
平八郎が人生をかえてしまったかもしれない。だけど、もう何も言わない。
「おう」
正吉の好意を無駄にせぬよう、怖くても臆することなく向かっていきたい。
平八郎は改めて戦うことを心に誓った。
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