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嫉心_拾

◇…◆…◇  南町奉行所、榊の配下が紋次を捕らえたという話は、すぐに青木の耳に入ってきた。  しかも、厳しい拷問の末、罪を認めたという。  またこれで一つ、榊の評判が上がる。 「榊めっ」  書物が部屋に散乱し、一輪挿しが柱に当たり砕け散った。  榊と青木は同い年で、幼馴染でもある。  昔から負けず嫌いの青木は、剣術の道場へと通っている時から榊に敵対心を持っていた。  榊はいつも自分より一歩先にいる。どんなに頑張っても差は埋まらず開く一方だった。  勝てぬことに苛立ち、青木は榊に嫌がらせをするようになったが、特に気にすることもなく振る舞うので、その態度が気にくわないと物や下働きに当たるようになった。  それから月日がたち、自分よりも先に榊が南町奉行の与力になった。それがまた青木の自尊心を傷つける。  自分もそれからすぐに北町奉行の与力となったが、榊に負けたことが悔しくて、憎しみばかりが募ってしまう。  手柄を立てて名を上げようとしても、榊はいつでも自分の上をいく。そのうち青木の目的は手柄を立てることではなく、榊に痛手をおわせることへと向いていった。  榊は配下を大切にする男だ。だから青木は自分の立場を利用し、彼の配下をいたぶることにした。  特に目をつけている配下が良い。そう思い、見張っていた矢先、榊が特に目を掛けている男に気が付いた。それが将吾だった。  しかも榊は特別な思いを抱いているようだ。  それに気が付いたとき、青木は久しぶりに楽しい気持ちになれた。  榊にとってそれは弱点となりうるからだ。 『モット、ア奴ヲ苦シメタイ……』  苦しげに歪む顔を見たい。  そう思うたびにドロドロと黒い霧があふれ出て、青木を包んでいった。

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